麻布十番の隠れ家老舗酒場
こだわりの食材を使った
贅沢“家庭料理”に舌つづみ!
34歳でサラリーマンから酒場の世界へ
今宵の酒場は、港区麻布十番にある昭和39年創業の「はじめ」。商店街から路地を入った一角の隠れ家的な雰囲気に、「いい感じだねぇ」ときたろうさんの期待が高まる。出迎えてくれたのは、三代目主人の西山功さん(78歳)とオーナーの新井由美子さん(61歳)、板前の川村勇さん(60歳)だ。
いつものように焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」したら、まずはお通しに、おばんざいから好きなものを。きたろうさんは好物のポテトサラダ、西島さんは沖縄産モロヘイヤのおひたしをいただいて、さっそく舌つづみ。
最初のおすすめは、名物の「肉じゃが」。「ちょっと変わったポトフ風」というスープ多めの肉じゃがは、35年変わらぬ味だそう。「おしゃれだなぁ、麻布って感じだね」ときたろうさん。ホクホクした食感と甘味が特徴の静岡県三方原産男爵いもを、たっぷりのダシ汁で煮込む。「あ〜、おいしい。 スープも旨い!」
以前は同じ港区の天現寺にあったという「はじめ」。二代目主人・新井欣三さんの姉、小川ヤエさんが、昭和39年、それまで経営していた天現寺のスナック「エース」を閉め、大衆酒場「はじめ」を開業した。店名は、「エース」(1)を和名にして「はじめ」(一)。開業と同時に弟の欣三さんが店を手伝い始め、昭和60年、立ち退きによる麻布十番への移転を機に、欣三さんが二代目として店を受け継いだ。
平成6年に欣三さんは由美子さんと結婚するが、10年後、病に倒れ、帰らぬ人に。「主人はトロけるように優しかった」と由美子さん。「味にはすごく厳しかった」とも。多摩美術大学卒の欣三さんは、器用で料理のセンスもあり、新しいメニューを考案しては増やしていったのだそう。
一方、西山さんは、当時、天現寺で働く電機メーカーのサラリーマンで、「はじめ」の常連客だった。34歳の時に初代女将のヤエさんに誘われて、「はじめ」で働くことに。「客として座ってると、『忙しいから手伝って!』なんて言われて。仕事もやめて手伝うことに。今から考えると、なぜかと思うけど、成り行きというか……(笑)」
「それから40年以上! 人生どうなるか分かんないね」ときたろうさんも驚くばかり。「酒場の世界は大変ですよ。今の世の中、食べ物はなんでもあるしね。人との関係がやっぱり大切。お客さんとの会話とか。まとわりつくのもどうかと思いますしね」と話す西山さんの距離感は絶妙だ。
オーナーと三代目主人の不思議な絆
うに丼
ここで、先代考案の「いわしの紫蘇巻き」が登場! 長ネギをいわしと大葉で巻いて揚げた、手の込んだ一品に「旨い! いわしが新鮮」と感動するきたろうさん。「揚げたてフワフワで、ジューシー。ネギもいいアクセント」と西島さんも絶賛。
一料理人として働いていた西山さんだが、二代目の欣三さんが亡くなった15年前、オーナーの由美子さんに頼まれて、店の味と看板を背負っていく決心をした。「戦友ですよ!」と由美子さん。「ずっと一緒に戦ってきたから。主人が亡くなった時も、店を閉めようかと思ったけれど、彼がいたからもう一回頑張れた。本当に助けてもらってます。『はじめ』イコール『西山』。心から尊敬してます」。そんな様子に「兄妹みたいだね」ときたろうさん。家族のような、夫婦のような、このふたりならではの絆だ。
次のおすすめは「くじらのステーキ」。刺身でもいける新鮮な生のクジラ肉をバターとニンニク、醤油で香ばしく焼き上げる。一口食べて「やわらかい! これは新鮮だね」ときたろうさん。「なんておいしいの! タレも絶妙でたまらない」と西島さんも興奮止まず。
会社を辞めて酒場に入る際、家族の反対はなかったという西山さん。その後、西山さんの奥さんも中央区の人形町で店を開業したそうだが、「そこに入ろうとは思わなかった。四六時中一緒なのもねぇ、耐えられないというか……」と苦笑すると、「女房よりオーナーを選んだんだ(笑)」ときたろうさんが突っ込む。すると由美子さんが、「でも、奥さんと知り合ったのは天現寺のお店でしょ! そこ、ちゃんと言わないと」と、西山さんに喝! そんなやりとりを見て、「おもしろいね、ふたりの関係。相当強いね、オーナーが」と笑うきたろうさん。「飲むとスゴイですよ」ぼそりと呟く西山さんに「うっせぇ!」と容赦ない由美子さんなのだった(笑)。
最後の締めは「うに丼」! と聞いて目を輝かせる西島さん。ほどよいサイズの茶碗に、たっぷり盛られたツヤツヤな北海道産むらさきうに。大きな口でぱくりといけば、西島さんは、もう、うっとり。「素晴らしい、たまりませんね。なんていい酒場なの」と感激するばかり。
「酒場とは、いろんな職業や過去を持つ人が集まる場所。つながりを大事にして、それに応える食べ物を提供する。お客さんとのコミュニケーションが、自分にとっても、店を続ける力になります」。オーナーと西山さんの味あるコンビが、舌も心も満たしてくれる、大切にしたい隠れ家酒場だ。