昔ながらの街並みが残る
中央区佃の路地裏で
隠れ家酒場を開いた男の物語
実家の長屋を改装して48歳で開業!
今宵の舞台は、隅田川の河口に位置する中央区・佃。佃煮で有名だが、江戸時代末期に日本初の洋式造船所が建設されて以来、明治〜昭和にかけて日本重工業の近代化を牽引してきた地域でもある。昭和54年に工場が閉鎖され、現在はその跡地にタワーマンションが立ち並ぶ。そんなマンション群に少々圧倒されながら、きたろうさんと西島さんが向かったのは、月島駅から歩いて5分。今でも長屋が並び、昭和の風情を色濃く残す路地裏にある「佃島いさむ」だ。
創業2年目の店を一人で切り盛りするのは、親しみやすい笑顔が印象的なご主人・相原勇さん(49歳)。さっそく焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」して、最初のおすすめ、「自家製燻製の盛り合わせ」(ソーセージ・チーズ・ウズラの卵)をいただく。ダッチオーブンで浅めに燻し、ほどよく香りづけした燻製に、「手間暇かけているね」ときたろうさん。「いい香り〜。ウズラの卵、おいしい! 自家製ならではですね」と西島さんもご機嫌に。
酒場を始めるまでは、宅配ドライバーを20年間続けてきたというご主人。45歳の時に体を壊したことがきっかけで、子供の頃からの夢だった飲食店を始める決意をした。月島で生れ、佃で育ち、「小さい頃から、近所のもんじゃ屋さんを見て、『やりたいな』と思っていた」というが、「いざ大人になって実際に踏み切るのは、すごい」と西島さん。「えらいよ! なかなかできないよ」ときたろうさんも感心する。「でもどうしてこんな路地裏に?」と尋ねると、なんと、ここはご主人の実家とのこと。1階を店舗に改装し、2階には母親が住んでいる。現在、ご主人は千葉県船橋市在住だが、「腐れ縁の知り合いも多いし、やっぱり生まれ育った土地がよくて」と笑う。
二皿目は、「ピリ辛よだれ鶏」。低温でじっくり煮込んだ鶏の胸肉に、ラー油を使ったピリ辛ダレをかけて食す。「結構辛い! これはお酒がすすむー」と西島さん。「薬味が大人だね」ときたろうさんもチューハイをグビグビ。
運送業を辞める際、意外にも奥さんの反対はなく、「『いいんじゃない』の一言で承諾してくれた」と聞いて、「奥さん、分かってたんだね」と感心するきたろうさんたち。勇さんは22歳の時に妻の京子さんと結婚し、船橋市で暮らし始めた。京子さんは看護師として働いていたため、家を空けることも多く、勇さんも家事や育児を率先して手伝い、独学で様々な料理を学んだ。「和・洋・中なんでも作りますよ。子供も喜んで食べるし、弁当も作った」と、当時、高校生の息子に作ったキャラ弁の写真を披露。その腕前に、西島さんは、「上手! カワイイ〜」と大はしゃぎ! 修業はしていないというが、家庭で鍛えた腕が、酒場で活かされているのは間違いない。
酒場をやりたい、やらせて下さい!
昆布〆鯖焼き
お次は、「炙り煮豚と半熟玉子」を。自家製タレで2時間煮込んだ豚バラをスライスして炙る。「香ばしくておいしい。今のところ、肉づくし! 男の料理」と嬉しそうな西島さん。
母親には、酒場を開くことを反対されたというご主人。「父も会社員だったから、まさか商売をやるとは思わなかったんでしょうね。でも、もともと長屋なので、地震や火事などの防災も兼ねて改装しました。昔の佃は、タワーマンションなんてひとつもなくて、全部長屋だった」と振り返る。「貴重だよね、この風情」と言うきたろうさんに、常連さんたちも共感する。
ここで、肉づくしの流れを変える一皿、「昆布〆の鯖焼き」が登場。昆布で挟み2日間寝かせてから焼くという手間に、「家庭料理って言うけど、普通の家庭ではやんないよね」ときたろうさん。「ほんのり香る昆布の風味がいい。身が厚くて脂ものってる」と西島さんも感激だ。
「このあたりは飲食店が少ないので、なるべく休まず営業したい」と定休日を決めていないご主人。「働き者だね。でも、ちゃんと休まないとだめだよ」ときたろうさん。店のこだわりを尋ねると、「常連さんが多いので、飽きられないように料理を工夫する。あとは笑顔!?」と満面の笑み。
「“商い”=“飽きない”。飽きないで続けていくことを常々心がけてます」という言葉に、きたろうさんは「“マンネリ”も大事。マンネリを恐れちゃダメ。実はかっこいいことなんだよ」と力説。すると「刺さっちゃった。その言葉」と西島さんが、なぜか涙目に。「だって、この番組がマンネリじゃないか(笑)」ときたろうさんに言われて、「シンプルだけどすごく難しいことなんですよね」と納得する西島さんだった。
最後の〆は「明太ポテトもちチーズ焼き」。薄切りのジャガイモに餅・明太子・チーズを乗せ、マヨネーズをかけて焼いたピザ風。「おいしい! お餅と明太子、いい仕事してる。パクパクいける」と大満足のふたり。
「酒場を始めたのは“宿命”ですね。やるべくして、やったこと」というご主人。「自分にとって、この店は“エゴ”です。やりたいことをやる。やらせて下さい!」。心底から酒場を愛する男の、本物の笑顔が溢れる。