食材にこだわる絶品家庭料理の店
最愛の息子との約束を胸に
店を守り続ける母親の物語
地場産の旬食材で季節を感じる料理を!
今宵の酒場は、東京都北区田端で平成8年創業の「家庭料理の店 伽羅(きゃら)」。入口の“地場産品応援の店“という提灯を見て、「これは期待できそう!」と、ふたりはワクワクしながら店内へ。さっそく焼酎ハイボールを注文して「今宵に乾杯!」。調理場を仕切る女将の門田玲子さんと、接客を担当する弟の康介さんが店を切り盛りしている。
最初のおすすめは、本場熊本から仕入れる「馬刺し三点盛り」(赤身・中落ち・サガリ)。まずは赤身を食べて、「旨い! 独特の甘みだ」と唸るきたろうさん。厚切りの馬刺しは歯ごたえも十分。脂ののった中落ちには、ガーリックパウダーとブラックペッパーを混ぜた自家製塩がベストマッチで、「なにこれっ、脂が甘い〜。こんなの初めて!」と西島さんも大興奮だ。
荒川区で生まれ育った女将の玲子さんは、美術の専門学校を卒業後、父親の経営する貴金属加工会社に就職し、結婚後は印刷会社や運送会社などで働いた。そんな飲食業界未経験の玲子さんが、平成8年に店を開いたのは、訳がある。「その頃、軽度の知的障害がある息子が、中学を卒業して就職を考える時期だったんです。息子は、飲食店に興味があり、お試しで働いてみたものの、そこでいじめられていて……。それなら、私が店を開けばいいと思って」。飲食店で働きたいという誠宜(とものり)さんの夢をかなえるため、玲子さんは一大決心をしたのだった。「旦那さんは?」と尋ねると、「息子が1歳半の頃に、小説家になると言って家を出て、それ以来、消息不明」と言う。「ええっ!? 最初は待ちましたか?」と聞く西島さんに、「全然待たなかった。稼いでくれない男の人なんていらないでしょ(笑)」と。女手ひとつで子供と生活を守り、苦難を乗り越えてきた気丈さに感服するばかりのきたろうさんは、「俺は30代くらいまで、ずっと稼ぎなしでした」と苦笑いするしかない。
次のおすすめは、特製タレで味付けした大山鶏の「鳥皮せんべい」。パリっと揚がった手のひらサイズの鳥皮せんべいにザクリとかぶりつけば、「おつまみにぴったり!」。もうチューハイが止まらない!
つらい別れを乗り越えて笑顔あふれる酒場に
馬刺し三点盛り
店名の「伽羅」には、「常緑樹の伽羅の木のように、枯れない」という思いを込めたとか。「開業当初は、商売を舐めてました。トマトが切れれば大丈夫、くらいに考えていた(笑)」と告白する女将。「でも、実際はそんな甘くなかった」と、徐々に産地や食材にこだわるようになり、それを美味しく食べてもらいたいと料理にもこだわりが生まれた。「農家の知人も多いので、形が規格外の野菜などを安く譲ってもらい、お客さんに美味しい料理を安く提供したい」という。常連さんも「ここに来れば、地場産の旬の食材を使った季節の料理が食べられる」と大喜びだ。
さて、ここでボリュームたっぷりの「牛すじポン酢」が登場。「最初は馬、次に鳥、そして牛!」と興奮気味の西島さん。カツオ出汁でコトコトと煮込んだ国産黒毛和牛のすじ肉は、もうトロトロ。「ホントやわらかい。ポン酢もさっぱりしておいしい」と大感激。
開業から23年。玲子さんの料理と人柄で、笑顔の絶えない店となったが、その陰にはつらい別れがあった。「店を開業してすぐに息子が病気になり、7か月の闘病後、16歳で亡くなったんです」と聞いて、絶句するふたり。「でも一度だけ、30分くらいでしたが、一緒に店に立つことができて。入院中も息子はずっとその話を楽しそうにしていました」。誠宜さんが亡くなった時は、店を閉めようと思った玲子さん。「もう意味がないように思えて。でも、店に戻ると、お客さんが『待ってたよ』と言ってくれて、店内を見渡すと息子の姿が思い出される。これは続けなきゃと。いつか息子に会える時がきたら、『頑張ったね』と言ってもらいたい」と、玲子さんの目に涙がにじむ。「たくさんのお客さんにおいしい料理を食べてもらう」。生前、誠宜さんと誓い合った約束を果たすため、店を守り続けているのだ。
次にいただくのは、アツアツ「茄子のカリカリ揚げ」。「表面はカリカリで、中はものすごくジューシー」ときたろうさん。「茄子独特の瑞々しさは残っていて、おいしい〜」と西島さんも舌つづみ。女性に人気というのも頷ける。剥いた皮もチップスのように揚げて、セットで提供。意外なおいしさに、「茄子、すごいっ!」。
店を続ける秘訣は、「まじめにやること。その都度、季節のおいしさを味わってもらうには、まじめにならざるを得ないし、食材選びも真剣になりますよね」。
そして、最後の〆は「ドライカレー」。国産豚ひき肉と玉ねぎで作るボリューミーな一皿に、思わず歓声を上げる西島さん。「ひき肉が贅沢に入ってる。これは意外と辛いね」ときたろうさん。水を一切加えないで作る濃厚なドライカレーに、ふたりは満腹、大満足。
「酒場は、私のすべてであり、息子との約束の場。いつか息子にほめてもらうためにも頑張ります!」。女将の明るい笑顔が今日も輝く。