酒場激戦区、目黒区鷹番の人気店
様々な挫折を経験した男が作る
客を笑顔にする絶品料理の数々!
セイロで蒸すふわふわの出し巻き玉子
東急電鉄・学芸大学駅から歩いてすぐ。目黒区鷹番で創業8年目の「魚謙」を訪れたきたろうさんと西島さん、まずは焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。店を一人で切り盛りするご主人・藤澤謙治さん(44歳)の最初のおすすめは、「魚の串焼きバジルソース」(この日は真鯛)。「一人で来たお客さんにも、いろんな料理を食べてほしい」と、小さめに切った魚を串焼きにし、自家製バジルソースをのせる。「おしゃれだねぇ。フランス料理だよ」ときたろうさん。「おいしい! 贅沢ですね」と西島さんも舌つづみ!
8年前に「魚謙」を開業した譲治さんだが、それまで様々な挫折を経験した。19歳で調理専門学校を卒業し、都内の中華料理店で修業を始めるも、厳しい環境に耐えられず、胃潰瘍になって2年で店をやめた。その後も修行先を変えたが長続きせず、10年間で6軒もの店を逃げ出した、と聞いて、「なかなかのローリングストーンズ(笑)」と西島さんも少々呆れ顔!? しかし、28歳で勤めた7軒目の酒場が、料理人としての転機になる。「そこは店長が厳しくて、辛かったのですが、1年弱でその店長が出て行って、私が代わりに店長を引き受けることになったんです」。それからは譲治さんの頑張りで、売り上げも大幅アップ。店長を経験して芽生えた自覚と責任が譲治さんを変えたのだ。
次のおすすめは「出し巻き玉子」。出されたセイロに一瞬戸惑うも、蓋を開けて「うわぁ!」とテンション急上昇。湯気の中で黄色く輝く、ふわっふわの出し巻き玉子に大興奮! 「うまい! 絶品だ」ときたろうさん。「出汁がじゅわっと広がる〜」と西島さんもたまらない。一度焼いてからセイロで蒸すことで、さらにふんわりした食感に仕上げている。「何より、お客さんのリアクションがうれしい」とご主人も満足そう
独立のきっかけを聞くと、「店長として成果が出て、4店舗を統括する立場になったのですが、逆に“料理人として勝負がしたい”という思いが強くなった」という。「自分の作った料理でお客さんに喜んでもらいたい」と、34歳で独立を決意し、平成23年に開業した。週に何度も来てくれるお客さんを満足させるため、メニューは毎日変えて手書きする。「学芸大学周辺のお客さんは結構キビシいんですよ」と言うご主人に、常連さんは「メニューを見て、『今日は食べたいものがない!』とダメ出しすることもある」と笑う。
お客さんもスタッフもみんなが笑顔になれる店
自家製エビ焼売
常連客絶賛の自家製エビ焼売に舌つづみ!
三皿目は、「自家製がんもの炊合せ」。9種類の食材で手作りする自家製がんもは、具沢山で彩り豊か。「具が大きくて、歯ざわりもいい」と西島さん。料理へのこだわりは、「まずは手作り。そして、自分が作りたい料理ではなく、お客さんが食べたい味、喜んでくれる料理を作ること」。実直なご主人に、「『魚謙』の『謙』は、『謙虚』の『謙』だね」と褒めながら、「でも接客はヘタ(笑)。やっぱり職人だ。でもその人柄がいいんだよね」と相好を崩すきたろうさんだった。
次の料理もこだわり満載の「自家製エビ焼売」。「包みたては味が違う」と、注文を受けてから包んで蒸す。西島さんは、大きなひと口でアツアツをハフハフ。「おいしい〜。エビもプリプリ。中身はたっぷりだけど、ふわふわ」と大感激。豚バラ肉を包丁で叩いて粗いひき肉にすることで、しっかりとした食感が残るのだそう。「そこまで自分でするの?」と驚くきたろうさんに、「全然違うんです味が! 一度サボった時は、お客さんにすぐバレましたから」。
「料理で喜んでもらうのが一番ですが、お客さんにとって、この店が、愚痴を言える場であり、いつでも笑顔になれる場であればうれしい」とご主人。「店をやめようと思ったことは?」と聞くと、「オープン3日前には逃げ出したくなった」という。「やっぱり繊細なんだよ。料理にも繊細さや丁寧さが出てるよね」ときたろうさん。母親からは、料理人に向いていないと反対されていたそうで、「料理の世界から逃げたら、母の思うつぼ。料理だけは一本筋を通して頑張ろうと思ってやってきた」と明かす。「でも、この取材のプレッシャーで、また逃げ出したくなったけど(笑)」。
最後の〆は、店自慢の「サバの釜炊き御飯」。様々な挫折を乗り越えて試行錯誤の末に作り上げた料理人生の集大成だ。こんがり焼いたサバを御飯と一緒に土鍋で炊き上げ、出汁の染みた御飯とサバを混ぜ合わせて食す。「濃い味じゃなくて、ひとつひとつが上品」と、ふたりはうっとりしながら夢中で味わう。さらに、出汁をかけてお茶漬けのように楽しむことができるのも、お客さんを飽きさせないご主人のこだわりだ。
「年を取ったら地方で自給自足の生活をするのが夢」という。「自分で作った野菜で料理を提供したい。今は、両親が畑を借りて作った野菜を使っています。母親も応援してくれるようになり、生きがいにもなってるようで、うれしい」。ご主人にとって酒場とは、「第二の家。お客さんが愚痴を言ったり、いろいろ話したりして笑顔になってもらえれば」。