15歳で秋田県から上京
大好きな民謡が取り持った縁で
第二の人生を歩む女将の物語
秋田の絶品家庭料理に舌つづみ
本日の酒場は文京区千駄木で平成10年創業の「ふるさと おばこ」。「“おばこ”って“おぼこ”と同じ?」と聞くきたろうさんに、「秋田の方言で“おぼこ”は“子ども”、“おばこ”は“娘”」と説明するのは、ご主人の鈴木孝幸さん(71歳)。その横で女将のキヱ子さん(67歳)がほほ笑んでいる。さっそく焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」して、最初のおすすめ、秋田の郷土料理「とんぶりとろろ」をいただく。ホウキギという植物の実を加工したとんぶりは、“畑のキャビア”と称される見た目と歯触り。「プチプチしておいしい。とろろと合う」という西島さんに、「珍味だね〜」ときたろうさん。
女将のキヱ子さんは秋田の出身。中学卒業後、15歳で上京し、電気機器工場で働いた。最初の結婚は16歳の時。現在のご主人・孝幸さんとは21年前に再婚した。長男が生まれたのも16歳と聞いて驚くきたろうさんに、「当時のテレビドラマ『おさな妻』を見て、私だけじゃない、頑張らなくちゃと思って。子供を3人育てました」とキヱ子さん。しかし結婚から25年後、前夫の杉山泰弘さんが47歳の若さで亡くなる。悲しみに暮れるキヱ子さんを心配した義理の兄が、民謡好きな彼女に紹介したのが、この場所で以前営業していた「おばちゃん」という酒場だった。「民謡好きな女性がやってるお店と聞いて行ってみたら、孝幸さんも来ていて」。尺八が趣味だった孝幸さんの伴奏に合わせて民謡を歌っていると悲しみも和らいでいったという。
ここで次の料理、秋田名物「ハタハタの唐揚げ」が登場! 「ハタハタは焼くよりも揚げるのがいい」とご主人。唐揚げにすると骨まで食べられる。「柔らかい、さっぱりしておいしい」と感心する西島さん。「うまいよ。オツだねぇ」ときたろうさんも舌つづみを打つ。
千駄木出身のご主人は、上野の呉服屋で25年間働いていたそうで、その経験がキヱ子さんとの絆を深めた。「民謡の時、私は着付けができるし、舞台前には私の尺八で音合わせをする。だからずっと一緒にいられた」。自然と笑みがこぼれるご主人だが、女将から見た第一印象は、「全然好きじゃなかった……(笑)」とのこと! 「そこは、もう誠意で」と孝幸さんはアプローチを続け、出会いから4年後に結婚。そして、ふたりの出会いの場となった酒場「おばちゃん」を引退する女将から店を引き継ぎ、「おばこ」を開業した。そんなふたりの第二の人生を、息子たちも応援してくれたそう。常連客に混じって座っていた三男の杉山由光さんも、ふたりの結婚に「いいんじゃないの」とすぐに了解したと話してくれた。
女将の民謡と主人の尺八に癒される
焼うどん
「板長は女将で、私は営業トークと皿洗い」と笑うご主人に、開業に不安はなかったか尋ねると、「不安はいつでもあるよね。でもずっと営業をやってきたから分かる。営業は品物が変わっても、人間対人間。誠意は伝わりますから」。女将は「不安でしたが、背伸びしないで、できる範囲でやればいい、と主人が言ってくれたので」。それを聞いたきたろうさん、「大将、優しいね。女将見てると、なんか助けてあげなきゃって思うよね」。
次のおすすめは、「肉豆腐」。透き通った出汁で煮た上品な肉豆腐に、「染みる〜。肉豆腐って味噌味や煮込んだのが多いけど、これはスープみたいで優しい味」と喉を鳴らす西島さん。
さて、ここでお待ちかね、民謡の披露を! めでたい席で歌う『長持唄』をご主人の尺八の伴奏に合わせて女将が熱唱。女将の歌声が、尺八の音色と響きあい、聴く人の心を癒す。感動したきたろうさんが、「素晴らしい!」と大きな拍手をおくると、「これが、息が合うってやつですね」とご主人も得意げだ。
民謡で心を癒した後は、店名物の「焼き玉子」を。出汁とネギを混ぜ合わせて焼いた玉子は、表面に焼き目がつき、中はトロトロ。「おいしい〜。これは絶対マネできない!」と感心する西島さん。「玉子の中の気泡を潰さないように焼いて、ふっくら巻かないとダメ」とご主人が説明すると、「作らないのに、エラそうだねぇ(笑)」ときたろうさんがツッコんで、大笑いだ。
夫婦の間に流れる和やかな空気感に、「酒場で苦労した感じがないですね」と西島さんが言うと、「本当にないんです。楽しくやってます」と女将。「大将に会ってよかったね。悲しいままで生きてたらつらかったよね」と、きたろうさん。持ち前の明るさで女将を支え続けているご主人も「女将と一緒だからできる。一人じゃ絶対無理」と笑い、「涙こぼすようなことだけは、させちゃいけないと思ってる」と男気をみせる。互いを補い支えあう夫婦に、きたろうさんも優しいまなざしを向けるのだった。
最後の〆は「焼うどん」。具材は肉を入れずにヘルシーに。辛めの焼きそばソースで味付けする。「これは気取らない家庭の味だ」ときたろうさん。「想像していたよりガッツリした味でうれしい。飲んだ後にもぴったり」と西島さんも箸が止まらない。
ご主人にとって、酒場とは「社交の場」であり、女将にとっては「みんなと会えて元気がもらえる場所」。心がほっこりする温かな酒場に、今日も民謡と尺八の音色が響く。