創業37年目の老舗酒場
先代が築き上げた大衆酒場の雰囲気を
渋谷の一等地で守りぬく二代目夫婦の物語
先代から引き継いだ絶品料理と接客の極意
渋谷区渋谷にやってきたきたろうさんと西島さん。この日は、渋谷キャストガーデンで開催していた日本初の「抹茶ハイフェスティバル2019」(10/3〜5開催)にちょっと寄り道。焼酎の抹茶割りにこだわった店が提供する様々なオリジナル抹茶ハイから、「ボタニカル抹茶ハイ」や「クリームチーズ抹茶ハイ」、「抹茶タピオカミルクハイ」など、フェスならではのユニークな抹茶ハイを楽しんだ後、ふたりは今宵の酒場へ。
「渋谷109」の目の前、文化村通りに建つビルの4階にある「居酒屋 千」。店を切り盛りするのは、二代目主人・永澤朋三郎さん(56歳)と二代目女将の由紀さん(50歳)だ。さっそく焼酎ハイボールを注文して常連さんたちと「今宵に乾杯!」。まずは、一番人気の「炙り白レバー」をいただく。こんがり炙ったレバーは脂がしたたり、塩味が利いて、「これは、いいおつまみ!」と期待が高まる。
「義理の父である先代が昭和57年に店を開業し、私は店に立って14年目」という朋三郎さん。先代を引き継ぎ、店長として接客を担当している。22歳で都内の大学を卒業後、インテリア関係の仕事に就いた朋三郎さんは、34歳で由紀さんと結婚。42歳の時、勤めていた会社を辞め、由紀さんの父親が経営する酒場で働き始めた。しかし、義父・山根秀雄さんはとても厳しく、苦労の連続だったという。「昭和初期生まれで、頑固一徹。いい意味でも悪い意味でも厳しかった」と振り返る。
15年来の常連客も「先代の秀ちゃんは熱心で、お客さんの心を掴むのも上手。でも若干、短気な所があって(笑)。自分の意見はほとんど曲げない」と話す。こんなエピソードもある。ある時、ウーロンハイを頼んだお客さんに、先代が間違えて緑茶ハイを出したが、先代はお客さんに謝るどころか、「いいんだよ! 同じ酒なんだから」とゴリ押し。後からこっそり、朋三郎さんと先代女将で、そのお客さんに謝って、ウーロンハイを出し直したとか。二代目に代替わりしても変わらず来てくれる常連さんたちは、「以前と同じように居心地がいい。二代目は若い世代にも慕われている」と温かく見守っている。
ここで、由紀さんが、「シコいわし唐揚」を運んできてくれた。「俺、大好きなんだよ! 魚好きにはたまらないね」と満面の笑みのきたろうさん。小ぶりのシコいわしを丸ごと揚げて三杯酢をかける。「骨も丸ごといける。おいしい〜」と西島さんも感激だ。
ピリ辛の「エッグトーバン」は根強い人気
チゲうどん
「先代はわが道を行くタイプで、新旧世代でぶつかることも多く、険悪な時期もあった」と由紀さん。朋三郎さんは、先代との接客への考え方の違いから、辞めたいと思うことも多かった。そんな中、先代夫婦は5年前に引退を決意する。店が立ち退きになり移転が決まったことがきっかけだった。先代は店を閉めることも考えていたが、「お客様もたくさん来てくれていて、父の代で終わらせるのはもったいない店だった」と由紀さん。当時、朋三郎さんは、2011年に出した支店の店長として奮闘していたが、先代の思いを知り、支店をたたんで店を継ぐことを決めた。「父も、主人が継いでくれたことを本当に感謝してます」と由紀さんは言う。
次の一皿は、「山芋もんじゃ焼」。山芋、卵、ネギ、出汁を混ぜて焼き上げる。「いい香り! 味付けが絶妙〜」と絶賛の西島さん。女子に人気と聞いて、「老人にも人気だよ(笑)」ときたろうさんも箸が止まらない。
「ここ、家賃いくら? 一等地じゃん!」と尋ねるきたろうさんに、「以前の場所よりかなり上がった」とご主人。「移転場所を決める際、ビルの4階などダメだと思っていたんですが、先代が『ここなら大丈夫』と決めてくれたんです。そしたら、昔のお客様も、新しいお客様も来てくれて」と笑顔の女将。「先見の明があったんだねぇ」ときたろうさんは感心しきり。
さて次の料理は、先代が命名した「エッグトーバン」!? ゆで卵に豆板醤を使ったピリ辛タレを絡める。「タレは辛いけど、玉子と一緒に食べると甘さが引き立つ! どうしよう、止まらない〜」と興奮する西島さん。自家製ダレは先代女将の秘伝レシピ。根強い人気の一皿だ。
ご主人が大切にしているのは、「自分からお客様に話しかけて、早く名前を覚えること。店の顔である店主が接客するのが先代からの方針なんです」。今では、先代もご主人の働きぶりを認めてくれるようになり、毎月、先代夫婦と二代目夫婦の4人で、店の報告を兼ねて飲み会を開くのだという。「助言はくれますが、信頼して任されている。今はもう感謝しかないですね」とご主人。
最後の〆にはボリューム満点の「ピリ辛チゲうどん」を。「すごいの来た〜!」と大はしゃぎの西島さん。トロ〜リ半熟卵を麺に絡めていただけば、「コクのある辛さが、最高! 素晴らしい!」と感激が止まらない。
「酒場は生活のすべて。プライベートも仕事も、酒場で生きている家族なので」という由紀さんとともに、「これからも、先代が家族みんなと作ったこの店の雰囲気を変えないように続けていきたい。私の代では絶対潰せない(笑)」と改めて気合が入るご主人なのだった。