ボクシングに挫折した男が料理の世界へ!
酒場激戦区・下北沢で愛される酒場を
料理の腕と根性で守り続ける
和食店仕込みの技が光る絶品料理の数々
世田谷区下北沢にやってきた、きたろうさんと西島さん。「下北沢は俺の庭!」と豪語するきたろうさんだが、大規模な改修工事で様変わりした駅前に「ほとんど分かんない」と苦笑い。ふたりは、下北沢一番街商店街を歩いて今宵の酒場「もつや長光」へ。ねじり鉢巻きが印象的なご主人の長光(ながみつ)大輔さん(42歳)と女将の梢さんに迎えられ、さっそく焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。まずは、お通しの煮物を。この日は「豚の角煮」で、「柔らかい〜。お通しで豚の角煮って、ちょっと贅沢!」と西島さんは大喜びだ。
ご主人の大輔さんは、大分県出身。高校時代はアマチュアボクシングの九州高校チャンピオンだったそうで、将来有名になることを夢見て、ボクシングの名門、拓殖大学に入学するため上京した。しかし、大学2年の時、試合で東大生に負けて挫折。「頭で負けて、試合でも負けて、眼底骨折までして。それで心が折れた」と、逃げるようにボクシングをやめた。そして、次に選んだのが、料理の世界だった。大学を卒業後、和食料理店で修業を始めるが、毎日のように殴られる厳しい日々に、「ぶっ飛ばしてやりたかった」とも。「元ボクサーって言わなかったの?」と聞くと、「学びたかったんです。何度も逃げ出したくなったが、逃げたら負けだと思って」と話すご主人に、「根性あるじゃん!」ときたろうさん。
次のおすすめは「自家製厚揚げ」。店内で揚げる作りたての厚揚げに、「中はみずみずしくて、外はパリパリっ」と感激する西島さん。たっぷりのネギと鰹節をのせ、醤油を垂らせば、「うわぁー、確かに旨い!」と、きたろうさんも舌つづみ。
開業のいきさつを尋ねると、「もともとこの場所にあったチェーンのもつ焼き店の店長だったんですが、会社の方針で急に下北沢から撤退することになって。でも、常連さんたちを守りたくて、店を買い取り、独立した」というから、驚きだ! さらに、「オープン3日前に、それが嫁にバレて……」と、梢さんに何の相談もしていなかったご主人には、もう、呆れるしかない!? 梢さんは、「興味ないから、勝手にしてって感じでした(笑)」とバッサリ言い放ちながらも、今は、昼間の仕事と子育てを終えた後で店を手伝っている。「感謝してます。頭が上がらない。女将がいないと困りますね」とご主人が言うと、「私は困らない〜。一生感謝してもらわないと」と梢さん。そんなふたりの出会いは、23年前、大輔さんが上京したばかりの19歳の頃だそうで、すでに社会人だった梢さんに、大輔さんが猛アプローチし、大学卒業後すぐに結婚したという。
2年かけて追求した自慢のもつ鍋に舌つづみ!
もつ鍋
さて、ここで次の料理、「もつ天」が登場! 牛の小腸の天ぷらに、「こんなの初めて」と期待が高まる西島さん。常連客の要望に応えた裏メニューだそうで、一口食べれば、「人生で食べたもつの中で、ナンバーワン!」と興奮が止まらない。梢さんに感想を聞くと、「食べたことない。パパの料理は興味ない!」と一刀両断。一貫した塩対応にご主人もタジタジ……。
「うちは創業4年半で、まだまだ新参者ですが、酒場激戦区の下北沢では1年持たない店も多い。常連さんに救われてますね」と、ご主人。常連客は、「大ちゃんは、すごくこだわりが強い。自分の味で勝負したいと、独立後は、前の店のもつ鍋を一切出さなくなったんです。納得できる自分の味を仕上げるまで。それに、すごく真面目。365日休まない」と教えてくれる。「だんだん分かってきた。ご主人は、意外と真面目でド根性!」と納得するふたり。
次の料理は、「タン(豚串)」。食べ応えを感じてほしくて、だんだん大きくなったという厚切りのタンは、原価割れレベル! 口いっぱいに頬張って、大満足の西島さん。「お店をやっていくのは、正直、つらい。仕込みも一人で大変。でも、いろんなお客さんに会えて、おいしいと言ってもらえるのは、一番うれしい」と話すご主人の夢は、「店を仕事でもプライベートでも使える、居心地のいい社交場にすること」。3人の子供のパパでもあり、週末は子供たちが開店準備を手伝ってくれるそうで、「仕事で自分の背中を見せられるのは、やっぱりうれしい」と父親の顔も覗かせる。
最後は、お待ちかね、「味噌もつ鍋」の登場だ。前の店のもつ鍋を封印し、約2年間の試行錯誤の末、新たに作り上げた自慢の一品。「旨いねぇ! 九州に行った気分」と唸るきたろうさん。味を変える辛味噌も自家製で、「これがまたおいしい〜。ニンニクが利いててパンチがある。出汁と味噌のあんばいが最高!」と西島さんも感動せずにはいられない。ボクシングをやめて酒場を始めたことは、「後悔していない。オープンと同時に、リングだと思って勝負してる」とご主人。「かっこいい!」と感心するふたりが、改めて酒場とは?と尋ねると、「家です。僕の家に遊びに来てもらうような……」と言いかけるも、きたろうさんが「“酒場とはリングだ”でいいじゃないのっ!」と突っ込んで、和やかな笑いが店に響いた。