“酒場の本場”葛飾区立石で
実家が営んでいた玩具店の屋号を受け継ぎ
人気酒場を独立開業した男の物語
こじんまりした店内で客同士の会話も弾む
今宵の舞台は、葛飾区立石。「酒場の本場だね」とうれしそうなきたろうさんだが、京成立石駅周辺の再開発で、以前の街並みが変わっていくのは、ちょっと寂しそう。そんなきたろうさんと西島さんは、下町情緒ある立石駅通り商店街を通って、もうすぐ創業1年を迎える酒場「ブンカ堂」へ。おしゃれな白いタイル張りの壁に緑色の暖簾が映える、昭和レトロな雰囲気の店構えだ。店内には、お客さん同士が近い距離で向かい合う、11席のコの字カウンターが。「なかなかいいなぁ」、「落ち着く〜」と、すっかり気に入った様子のふたり。さっそく焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」すれば、カウンターの向かいに座るお客さんとも簡単にグラスが届く。このカウンターは、ご主人の西村浩志さん(48歳)が、自らのアイデアで設計したそうで、「いいセンスじゃん!」ときたろうさんは感心しきりだ。
アットホームな店内で、最初にいただくのは、「お刺身盛合せ」。洒落た器に美しく盛られた刺身にテンションが上がる西島さん。この日は、マダイ、トリ貝、シャコ、カンパチ。マダイを食べて、「甘いねぇ〜」と舌つづみを打つきたろうさん。「タイの皮目の部分がすごくおいしい!。トリ貝も大好き〜」と西島さんも箸が止まらない。
立石で3人兄弟の末っ子として生まれ育ったご主人。高校卒業後、ビジネス専門学校に通いながら、飲食業のアルバイトを始め、その後は、銀座や新橋などの飲食店で本格的に料理や接客を学んだ。32歳の時に、立石のおでん屋で働き始め、仕入れをまかされるほど信頼される存在になったという。そして、昨年12月に47歳で独立し、立石に自分の店を構えた。「やっぱり、生まれ育った地元でやりたくて」というご主人。開店すると、地元の知り合いも来てくれて、滑り出しは順調だったが、「実際やってみると、ひとりで切り盛りするのは本当に大変で」と、今は母親のヨシ子さんと姉の和子さんに店を手伝ってもらっている。かいがいしく料理を運び、息子を支えるヨシ子さんは、浩志さんが酒場を開くと聞いたとき、「賛成しましたよ。はじめは手伝うつもりもなかったし」とニコニコ笑う。
次のおすすめは、「タコの柔らか煮」。サイダーで1時間ほど蒸し煮にしたタコをさらに甘辛く煮込むそうで、「本当に柔らかい〜」と西島さん。「珍味みたいで、これだけで何杯でも!」と上機嫌だ。
驚きの一品「浅漬けのヨーグルト和え」に舌つづみ!
豚タン塩煮込み
ところで、浩志さんの祖父と父親は、昭和25年から平成元年まで立石で玩具屋「文化堂」を経営していたそうで、「ブンカ堂」という店名の由来でもある。「おもちゃ屋の息子って、憧れるよね」ときたろうさんが言うと、「大変ですよ。夏休みは子供たちが来るから、どこにも行けないし、クリスマスや年末は夜遅くまで忙しい。年明けはお年玉握りしめてくる子供たちのために開けておかないといけなくて、辛かった」とか。それでも、「近所の年配の方が、『子供のころ、文化堂に通ってたけど、大人になってもブンカ堂に通うとは思ってなかった』なんて言ってくれるのはうれしいですね」。
ここで、次の料理「浅漬けのヨーグルト和え」が登場! 野菜の浅漬けをたっぷりの自家製ヨーグルトソースで和えた、ご主人考案の一皿。一目見て、「思った以上にヨーグルト!」と驚く西島さんだが、一口食べると「さっぱりして、おいしい〜」と感激。「考えてみれば、どちらも発酵食品だから合うんですね」と納得する。「罪悪感を感じずに心置きなく食べられる」と、常連さんにも人気の一品だ。
次は「豚タン塩煮込み」。「やわらかいなぁ〜。おでん風だね」ときたろうさん。「お肉がこんなにほぐれるとは思わなかった!」と西島さんも感心しきり。下茹でした豚タンをカツオベースの出汁で約12時間も煮込むという。
「ところで、浩志は結婚してるの?」と唐突に尋ねるきたろうさんに、「してました」とご主人。約3年前に別れたそうで、「人間、一期一会……」と笑うが、「それで、出会いはどこ?」と、きたろうさんは、さらに古傷をえぐる。「某おでん屋のお客さん」だったそうで、「よくあるパターンだねぇ〜」とニヤニヤするきたろうさんに、最後は「もうヤメテ〜!」と耳をふさぐご主人だった。
〆には、「カルー」を。なんと、カレーのルーだけをお猪口に入れて飲むという、ユニークな食べ方。じっくり煮込んだカレールーの懐かしくて気取らない味がいい。
「どんな子だったの?」と、ヨシ子さんに聞くと、「いい子ですよ。反抗期もなかった」と言い、姉の和子さんも「優しい」と答えて、ご主人は頭を掻く。そんな優しくて穏やかなご主人にとって、酒場は「楽しくのむ場所。お客さんの居心地のいい空間にしたい」と言う。「それが一番だね! 大将はちゃんと笑顔がつくれるから大丈夫」と太鼓判を押すきたろうさん。最後に「結婚は?」と聞くと、「仕事以上に頑張ります!」と、気合いの入った返事が返ってきて、愉快な笑い声が店内に響いた。