フライパンに憧れた老舗寿司店の四代目
勘当されながらも酒場を構え
夫婦で守り続ける暖簾
お通しのお寿司にいきなり感激!
今宵の舞台は、葛飾区四つ木。下町の住宅街の路地を歩いて、きたろうさんと西島さんが訪れたのは、昭和60年創業の「のみ喰い処 とりあへず」。ねじり鉢巻きのご主人・大原芳次さん(68歳)と、女将の久美子さん(65歳)が、気さくな笑顔で迎えてくれる。まずは焼酎ハイボールで常連さんたちと「今宵に乾杯!」。すると、いきなり、お通しに寿司が出てきて、びっくり! 「寿司屋のせがれですから」というご主人が握るこの日の寿司は、マグロの漬けと白子焼きの軍艦巻き。「マグロはツヤツヤ、旬の白子焼きも贅沢〜」と西島さんは早くも興奮気味に。
さて、最初のおすすめは、「皮はぎの刺身」。プリプリ、コリコリの身に、肝も抜群の鮮度。「刺身で肝を包んで、ポン酢で」というおすすめの食べ方でいただくと、「おいしい〜、まろやかで最高!」と、感動もの。
葛飾区青砥で三代続く老舗寿司店の長男として生まれ育った芳次さんは、高校卒業後、すぐに四代目として店を手伝い始めた。当時は店を継ぐことを決意し、厳しい修業にも耐えていたが、「寿司も好きだけど、どうしてもフライパンが握りたくなって。あの、ジューっという音に憧れて、もう気持ちが止まんなくなっちゃって(笑)」と、33歳の時、父の秋生さんに想いを告げた。「どうしても店を出たい」と自分の意志を貫いた芳次さんは、秋生さんに勘当されてしまう。そして3ヵ月後、夫婦で、四つ木に自分の店を開業した。「不安よりも、とにかく、やりたいという気持ちしかなくて。勢いでしたね」。
その大好きなフライパンで作る「オムレツのビーフシチュー掛け」が次の料理。ふわふわのオムレツに、女将特製の牛すじビーフシチューをかけた、見るからにおいしそうな一皿に、「洋食屋さんだ!! 見た目が、もう百点!」と大はしゃぎの西島さん。きたろうさんも、「旨い! ビーフシチューだけでもおいしいけど、やっぱりこの卵がないとね」と唸る。ご主人が「まさに夫婦のメニュー」とうれしそうに言うと、「それ、俺が言おうと思ったのに!」と悔しがるきたろうさん。
料理でお客さんを楽しませたい
皮はぎ(肝添え)
夫婦の出会いは、19歳の芳次さんが17歳の久美子さんに一目惚れしたこと。芳次さんの猛アタックで付き合い始めたふたりは、4年後に結婚し、子宝にも恵まれた。寿司店を出ることになった時、久美子さんには迷いもあったが、「覚悟して決めたのなら、ついていくしかない」と心を決めたという。「カミさんが隣にいつもいてくれるのは、やっぱりありがたい」と顔がほころぶ芳次さん。久美子さんは、「店では、夫婦というより仕事上の関係。お互い割り切って補いあうから、続いたのだと思います」。芳次さんに、「この人がいてくれたから、ここまでやれた」と言われて、少し照れながらも「ありがとうございます」と頭を下げる美子さんだった。
次にいただくのは、「海老芋のかにあんかけ」。もっちりした海老芋の食感に、「里芋よりもしっとりなめらかで、甘みもコクもある。あんかけが合いますね」と舌つづみを打つ西島さん。
ご主人は、いろんな店に食べに行って、メニューの研究をするそうで、出された料理の味を忘れないように、スポイトを使って持ち帰ることもあるとか。そして、料理の際は、必ずレシピをメモするという。「去年の台風の時、避難準備を始めたと思ったら、レシピノートと料理本を大量に鞄に詰め込んでいて。あきれました(笑)」と女将。結局、避難せずに済んだそうだが、ご主人の料理へ熱い想いが伝わるエピソードだ。
続いては、春限定「新玉ねぎのバターホイル焼き」を。自家製塩辛とバターをのせたトロトロの新玉ねぎをスープと一緒に口に運んで、「塩辛の旨味がすごい。玉ねぎの甘さに合う!」と喉を鳴らす西島さん。「これは寿司屋にはないよ」と、きたろうさんも感心しきり。
勘当されてから14年後、父の秋生さんは初めて店を訪れたという。それからは、1年に1回、一緒に旅行し、ご主人は毎回料理を作って持って行ったそうで、「5年目に両親の金婚式を祝ったら、すごく喜んで、親父が涙を流して、『悪かった』と言ってくれた。私のことを認めてくれたんでしょうね」。それから5年後に秋生さんは亡くなったが、その一言が、ご主人の心の支えになった。「お通しに寿司を出すのは、親父に対する“ありがとう”でもありますね」。
〆には、「カキグラタン」を。カキやベーコン、ブロッコリーなど具沢山のグラタンは、「さっぱりしたホワイトソースに、カキの旨味が加わって、おいしい〜」と、ふたりは大満足!
ご主人にとって、酒場とは、お客さんが楽しむ場所。「便利な場所でもないのに、わざわざ来て下さるお客さんに、楽しんでもらいたい。いつも、お客さんの方から、ありがとうと言ってもらえてうれしいですね」。
ついつい立ち寄りたくなる、いい酒場がここにもあった。