港区麻布十番で昭和41年創業
先代女将の教えを守り
二人三脚で老舗酒場の暖簾を守る夫婦の物語
塩味の「和牛もつ煮込み」に舌つづみ!
東京都港区麻布十番にやってきた、きたろうさんと西島さん。おしゃれな高級店が軒を連ねる麻布十番商店街の一角で、半世紀以上にわたり愛されてきた酒場「こま」が今宵の酒場だ。古き良き大衆酒場の雰囲気に胸を躍らせながら、ふたりは、さっそく焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。店を切り盛りするのは、二代目女将の宇野葉子さん(58歳)。そして、大きくふくよかな体に笑顔がチャーミングなご主人の宇野哲弥さん(60歳)が厨房で腕をふるう。
最初のおすすめは、毎日豊洲市場で仕入れる新鮮な「刺身盛合せ」。この日はカツオ(宮城産)、アジ(大阪産)、タコ(北海道産)。まずは、生ダコを塩とレモンでいただいて、「みずみずしくて、タコの味が濃い!」と西島さん。アジを食べたきたろうさんは、「脂がのって旨いね〜」と舌つづみを打つ。
店は創業55年目。ご主人・哲弥さんの母親・梅子さんが、女手一つで哲弥さんを育てながら、店を開業した。かつて近くにあった麻布十番温泉(2008年廃業)のお客さんを見込んで、この場所を選んだそうで、哲弥さんは、「僕が幼稚園くらいの時ですね。当時はまだ商店街にアーケードがあって。ちょうど1964年の東京オリンピックのタイミングで、肉屋さんや魚屋さんがどんどんスーパーに変わっていった。高速道路も作られたし、2000年には地下鉄2路線の駅が出来て、急に忙しくなりましたよ」と時の流れを振りかえる。
次のおすすめは、「和牛もつ煮込み」。新鮮なもつでしか作ることができない塩味の煮込みは、臭みがなく、「牛もつの出汁と塩加減が最高〜」と絶賛の西島さん。京都から取り寄せる黒七味や、柚子こしょうを混ぜれば、味変えも楽しめる。きたろうさんも「全く違う味になる! ピリっと締まるね」と大満足だ。
港区高樹町で生まれ育った女将の葉子さんは、27歳の時、コーヒー専門店を開くことを夢見て、永田町の喫茶店で働き始めた。店のママの紹介で、すでに母親の酒場で働いていた哲弥さんと出会い、交際3ヵ月でスピード結婚。結婚と同時に店に立ち始めた葉子さんは、先代女将の梅子さんに酒場のいろはを叩き込まれたという。「先代女将は、一日も休まず働き続けるくらい、エネルギッシュな人でした。お客さんをがっかりさせないよう、“槍が降っても店を休むな”って」。従業員を大切にする経営方針も先代女将の教えであり、「おかげで今も良いスタッフに恵まれてます」と、2年前に他界した先代女将への感謝の気持ちを忘れない。
絶品! 「カニ花シュウマイ」に感激
そんな先代女将の頃からの人気メニューが、「カニの花シュウマイ」だ。カニやタラのすり身を細切りにしたシュウマイの皮で包み、一度蒸して余熱で火を通したあと、再度蒸してより柔らかく仕上げる。「細切りの皮が、見た目に華やかで、口当たりはフワフワ」と頬が落ちそうな西島さん。きたろうさんも「やさしい味だねぇ」と感心すると、「主人こだわりの逸品なので」と胸を張る女将。「絶対においしい料理を出す自信がありますね。主人の作る料理に惚れ込んでますし、本当に尊敬しています」と、ご主人への思いを隠さない。「お客さんの表情を見れば分かるものね。ダンナ、尊敬されてるじゃん!」と言うきたろうさんに、ご主人はちょっと笑って照れ隠し。
ここで、次の料理「米なすのエビしんじょう揚」が登場! 米なすにエビしんじょうをのせて2度揚げし、自家製和風だしをかけた一皿に「料亭みたい」ときたろうさん。西島さんは、「だしを吸ったナス最高! なんでこんなおいしいの〜」と感激する。
「私にとって、この仕事は天職。いろんなお客さんと会えるのもうれしくて」と、心から楽しそうに働く女将。ご主人は「料理は私がやって、厨房の外は全部任せてます。本当によくやってもらってる」と、互いに信頼を寄せあうのだった。
新型コロナウイルス対策として、消毒や検温、従業員の抗体検査などを行いながら営業する中、「やっとお客さんが戻りつつある。なんとか乗り越えていくしかないですね」と女将。「にぎわいが戻ってお店の人の顔が生き生きしているのを見ると、嬉しいよ」と、きたろうさんもしみじみ。
最後の〆は「自家製いくら丼」を。生筋子をほぐして手作りするいくらは、ご飯との相性を考えて、醤油ベースのたれに漬け込む。アツアツご飯にたっぷりのった鮮やかないくらに、「新鮮なプチプチ感がたまらないっ」と西島さんは大興奮!
「主人の美味しい料理を自信を持っておすすめして、お客さんに食べてもらえる。酒場は私の生きがいです」と女将。ご主人は、「酒場は仕事終わりに癒される場所。上司に飲み方を教わったり、次の日の仕事に向けての予行演習みたいなものですかね」。それを聞いて、「人生、酒場で勉強することは本当に多いものね」と深く頷く、きたろうさんたちだった。