東京駅の東側、八重洲口から歩いて5、6分のところにある酒場「うたげ」。「馬刺し」と書かれたのぼりを目印に、小さな入り口から入ると、女将・植田満さんの笑顔が迎えてくれる。若き日の美しさがうかがえる上品な顔立ちと、人懐っこい笑顔。その表情を見れば、常連客が植田さんを「女将」ではなく、親愛の情を込めて「お母さん」と呼ぶのもうなずける。この店では、客は誰もが「お母さん」の子供。いつものようにきたろうさんと西島さんが焼酎ハイボールで乾杯しようとすると、常連客が寄ってきて杯を打つのも、みな「お母さん」の愛情を受ける兄弟だからこそだ。
ここ「うたげ」はお母さんの出身地、熊本の郷土料理が食べられる店。熊本料理と言えば「馬刺し」と「からしれんこん」だ。先に出てきたのは、特製味噌を混ぜた辛子をレンコンに詰め、3分ほど揚げたお母さんお手製のからしれんこん。「運動会でもなんでも、重箱の中には必ず入ってたもんね。でも子供は大嫌いなのよ、こういうのが」と、お母さんは言うが、酒飲みにはたまらない。ツーンと鼻に抜ける辛みに「来た! 来た! 辛いけどうまい!」と、きたろうさんは大喜び。次に出てきた馬刺しに「値段だけあって、薄く切ってるね」と、きたろうさんが意地悪を言うと「これが食べやすいのよ。分厚いと困るの。噛み切れないと、飲み込まなきゃいけないでしょ。」と、お叱りを受ける。そしてきたろうさんが馬刺しを頬張ると、サッと表情が変わった。「うまい!うまい!うまい!う〜〜ん!」。実感を込めて3回「うまい!」を繰り返したきたろうさんの顔を見れば、そのうまさは推して知るべし、だ。
お母さんが熊本の店を畳み、東京に出てきたのは36歳の時。最初は新橋に店を出したが、顔見知りのいない街で客は少なく、半年くらい閑古鳥の鳴く店で我慢の日々が続いたという。その後も神田で大衆割烹の店を開いたり、病気で店を閉めたりと、苦労は絶えなかった。「料理は小さい頃からやってたの?」と、きたろうさんが訊くと「3歳からご飯を炊いてました。母親が働きに出てたからね。柱時計のココに針が来たら火をつけなさいと言われて。まぁ、火をつけるだけだったけど、料理を作る運命だったのね」と、お母さんは語る。
次にいただいたのは、ちょっと変わったさつま揚げ。「うたげ」のさつま揚げは、きつね色ではなく、かなり色白の「白さつま揚げ」。しょう油はあえてつけずに、魚の旨味を楽しみたい一品だ。その濃厚な旨味に「味が濃い〜、おいしいです。これはお酒を飲んじゃいますね。幸せ!」と、西島さんが感激すると、お母さんが「わぁ、うれしい。料理で幸せって言われたら、こんな嬉しいことないよ」と顔をほころばせる。そして最後に熊本では団子汁と呼ばれる、すいとんをいただくことに。これは水で溶いた小麦粉を、鶏肉や野菜などと一緒に煮込んだ料理。一度母親に教えてもらい、中学の頃から家族のために作っていたという、まさに女将の味の原点ともいえる料理だ。熱々のすいとんを頬張ったきたろうさんは「昔のすいとんじゃないよ、これは。進化してるね、すいとんが」と、おふくろの味に満足気。
美味しい料理でみんなを笑顔にしたい、そんな想いでお店に立ち続けてきたお母さんだが、30数年前にご主人を亡くした時は、さすがに辛かったという。「笑えなかったねぇ〜。みんなが酔っぱらってるのを、白けて見てるんだよね。でも一方で、こんな顔してちゃ、お客さんに悪いって想いもあって。元に戻るまで1か月くらいかかったね」。そんなお母さんの当時の心情に触れ、思わず涙を流す西島さんが最後に訊いた。「女将さんにとって、人生とは何ですか?」。この質問に、お母さんは間髪入れずにこう答える。「人生って素晴らしいよ! 辛いことなんて無い。もう走って走って、走り抜くのが私の人生」。人一倍の苦労と努力を繰り返してきたお母さんの、この答えを聞いて、店に来る常連客はきっと思うだろう。
お母さんの子供でよかった、と。
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かつては肥後藩主、細川氏の門外不出の栄養食だったという「からしれんこん」(700円・税込)。そして低カロリーで高タンパクの「馬刺し」(700円・税込)。熊本は健康と美容のグルメ県なのだ。
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うたげのさつま揚げは、きつね色のものと異なり色が白い。魚の旨味が凝縮された、白さつま揚げは550円(税込)。
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すいとんというと、戦中戦後の食料事情の悪い頃に食べられた米の代用食のイメージが強いが、熊本のそれは団子汁と呼ばれる立派な郷土料理。具沢山で滋養たっぷりの、お袋の味。600円(税込)
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住所
電話
営業時間
定休日 -
東京都中央区八重洲1−4−9
03-3272-3522
17:00〜22:00
土曜、日曜、祝日
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