港区高輪で創業41年の人気酒場
亡き主人の想いを受け継ぎ
暖簾を守り続ける妻と息子の物語
ガッツリ旨し! 「豚肉の天ぷら」に「特製メンチカツ」
きたろうさんと西島さんがやってきたのは、2020年3月にJR山手線の品川駅と田町駅の間に開業した高輪ゲートウェイ駅。今宵の酒場は、港区高輪で創業41年目を迎えた「酒飯亭 にいおか」だ。アットホームな店内で、料理の腕を振るう女将の新岡まり子さん(69歳)と店を切り盛りする息子の武蔵さん(29歳)に迎えられ、ふたりは、さっそく焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。
最初のおすすめは、創業当時からの名物料理「肉の天ぷら」。味付けした豚肉の天ぷらに、「すっごく柔らかくて、味付け最高! とんかつとはまた一味違う」と感激する西島さん。女将のまり子さんは、「私も主人も、もともと、とんかつ屋で働いていて、ふたりでアレンジしたんです」。43年前、同じとんかつ店の従業員同士だったご主人の光秋さんとまり子さん。1年間の交際後、結婚し、翌年、長女の誕生を機に独立。夫婦で「酒飯亭 にいおか」を開業した。高輪周辺は外国大使館が多く、開業当初から海外のお客さんも多かったとか。店が軌道に乗り、10年が過ぎた頃、長男の武蔵さんが誕生する。
「お父さんは?」と尋ねると、武蔵さんは「自分が5歳の頃に亡くなってしまった」と、悲しい過去が……。25年前、光秋さんは46歳の若さで病に倒れ、帰らぬ人となったのだ。「主人は、とってもいい男でした。性格も良くて、話上手で」と寂しさが滲む女将。「亡くなったときは、本当に辛かった。相談する人もいないし、周りからの風当たりも強くて。でも、私にはこの道しかない。なんとか頑張りました」
続いていただくのは、亡きご主人との思い出の料理。二人で試行錯誤を繰り返して作り上げた「自家製メンチカツ」だ。アツアツにかぶりついて、「おいしい〜」と歓声を上げる西島さん。「玉ねぎがゴロゴロ、お肉も荒切り。手づくり感があっていい!」と舌つづみをうつと、「主人の性格が分かるでしょう!?」と女将もうれしそうだ。
女手一つで息子の武蔵さんを育て、「マナーや行儀には特に厳しくした」という女将。小学生の頃、習字教室の先生から、「武蔵君は、他の子の靴までちゃんと揃えてくれる。お母さん、すごいですね」と褒められたそうで、「その言葉に胸がいっぱいになった」と、今でも涙がこぼれる。しかし、そんな武蔵さんも不良だった時期があったとか。「今となっては、その分、親孝行しなきゃ、って思いが大きくなった」と言う武蔵さんに、「男は誰もが通る道だもんな」と頷くきたろうさんだった。
〆は絶品「タラの豆乳鍋」でほっこりと
飲食店でのアルバイトで接客の楽しさに目覚め、自ら店を手伝うことを決めたという武蔵さん。「この店はまだまだ伸びしろがある。自分がもっと売り上げを伸ばしたい」と、メニューを約90種類に増やし、お酒や食材の仕入れ、接客を担当。「お母さんのそばに居たかったんじゃないの!?」ときたろうさんに突っ込まれると、「そう言われれば、そうかもしれない」と、はにかみながら、「新しい料理の考案は、オレは言うだけ言って、母さんが料理を作る。“老いては子に従え”って言うじゃないですか」と、いたずらっぽく笑う。
次の料理は、そんな武蔵さんのアイデアで完成した「イカ下足の生姜焼き」。女将特製の生姜だれでサッパリ仕上げた一品に、「生姜が絶妙で、いいおつまみ。チューハイが進む〜」と西島さん。女将は、「息子が店に入って、すっごく助かりましたよ。初めてのお客さんの顔もしっかり覚えて、次の来店時に声をかけたり、私が忙しくて焦っている時は、なだめてくれたり」と、支え合う親子の姿が微笑ましい。
ここで、次のおすすめ「牛スジの煮込み豆腐」が登場! 約7時間下茹でした牛スジを澄んだスープでいただけば、「あ〜、出汁が効いてる。旨い。見事!」と喉を鳴らすきたろうさん。西島さんも「スープがしみる〜。柔らかい牛スジ、おいしい」と頬が落ちそうだ。
そして、最後の〆には、寒い季節にぴったりな「タラの豆乳鍋」を。「タラもおいしくて、しっかりした味付けもうれしい」と大興奮の西島さん。このタラも武蔵さんが豊洲市場で仕入れたもので、「豊洲に通うと旬が分かって、お客さんにも説明しやすいんですよね」と話す武蔵さんに、「またまた、若造がぁ(笑)」と、きたろうさんはニヤけ顔。
親子で働き始めて5年。「やっぱり、母さんが楽しそうに仕事してるのを見ているのがいい。長く続けていくために、これからも一緒に頑張りましょう」と声をかける武蔵さんに、女将は感涙。きたろうさんも、「また、いい事、言っちゃって! うれしいよね。いい息子になったねぇ」と感心するのだった。
女将にとって、酒場とは、「楽しい場所。みんなで飲んで、おいしいもの食べる。それが酒場の醍醐味でしょ!」。続いて武蔵さんも、「やっぱりお客さんが楽しめるところじゃないですか」と言うから、「今、お母さんが言ったじゃない!」と、またまた、きたろうさんの突っ込みに、店内が笑いに包まれた。