人形町の路地裏で13年目
ソースメーカーの三代目だった男が
幻のソースを復活させて開業した酒場
「串揚げ」や「アジフライ」に舌つづみ!
今宵の舞台は東京都中央区人形町。下町情緒が残る街で、きたろうさんと西島さんが訪れたのは、「食彩酒房 蕾」。細い路地裏にある隠れ家のような店にワクワクしながら、ふたりは、さっそく、焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。ダンディな雰囲気のご主人・青木明夫さん(56歳)に最初のおすすめをお願いする。
串揚げがメインの店ということで、まずは「串揚げ3品盛り」。豚バラ、ペコロス(ミニ玉ねぎ)、明太レンコンをいただく。揚げたての明太レンコンをハフハフ頬張って、「れんこんサクサク、明太ピリ辛。これは女性に人気ですね!」と舌つづみをうつ西島さん。「サラっと軽く食べられるように、パン粉を細かく砕いてます。チューハイに合うでしょ」と胸を張るご主人に、「最高の相性! ベストカップル」と、早くもグラスが空になりそうな勢いだ。
串揚げの店にした理由を尋ねると、「ソース工場の三代目だったもので」とご主人。実家は、祖父の青木源介さんが東京下北沢で昭和5年に創業した「青木商店」というソースメーカーだった。製造していた「下北沢ビレッヂソース」は、“地元の味”として地域の人たちに愛されたそうで、「子供の頃は、天ぷらも玉子焼きも、なんでもソース。刺身はさすがに醤油でしたけど(笑)」。ご主人は、28歳の時に、先代の父・弘さんから三代目を継いだが、8年後、工場の近代化などに対応できず、廃業を余儀なくされた。「時代の流れに乗れなかったんです。世に言う『三代目は潰す』ってやつですね」と苦笑い。現在、店で使っているソースは、祖父が残したレシピを元に、当時の味を再現したもの。12年前に酒場を開業するにあたり、先代と親交の深かったソースメーカーの協力を得て復刻させたという。
続いていただくのは、そんなソースによく合う「ふわふわアジフライ」。大ぶりのアジフライに、ソースをつけてザクっとかぶりつけば、西島さんも、思わず、「ソースに合わせて作ってる!?」と聞くほどの美味さ。「いえ、チューハイに合うように」と微笑むご主人に、きたろうさんは、「ごはんじゃなくて、つまみにぴったりなんだよな」と感心しきり。食品添加物や砂糖不使用のフルーティーなソースを舐めて、「ソースだけでつまみになるね」とご機嫌だ。
絶品おつまみ「のりチーズ」でもう一杯!
ご主人は、ソースメーカーを廃業後、家族とともに栃木県に移住し、ゴルフ場で働き始めるも、慣れない土地での生活になじめず、2年で退職。そんな時、思い出したのが、慣れ親しんだソースの味だった。心のどこかで、70年続いた家業を潰した後ろめたさを感じていたご主人は、廃業から8年後、「少しでもソースを活かしたい」と、44歳で串揚げ屋「蕾」を開業した。「すごい勇気だよね」と言うきたろうさんに、「当初は大変でしたが、ランチを始めて、夜のお客さんも増えていきましたね。ここはサラリーマンの街だし、駅から徒歩20秒という立地も気に入ってます」。
さて、ここで、「アボカド漬け」が登場! アボカドを出汁醤油で漬け込んだ、お口直しにぴったりな一皿だ。店を開業して12年。今では揚げ物以外の様々な料理も増え、「ソース焼きそば」や「塩麹のチキンステーキ」、「明太チーズのオムレツ」など、バラエティーに富んだメニューが揃う。
続いては、スライスチーズをのりではさんだ「のりチーズ」を。シンプルな一品ながら、おつまみにぴったり。スナック感覚でついつい手が伸び、またまた、チューハイが進む、進む!
現在は、新型コロナ感染防止対策を徹底して営業中。「続けなきゃという思いが強かったですね。カウンター越しにお客さんが楽しんでる姿を見ると、つらさも消えていきます。そこが酒場のいいところかな」と話すご主人。きたろうさんは、「ご主人は、バーのマスターみたい。余計なことはしゃべらないで、こちらの会話がうまくいくように運んでくれる。どこかの会社の部長さんみたいな落ち着いた雰囲気なんだよ」と惚れ惚れだ。
最後の〆は、「ソースカツ丼」を! ごはんの上にキャベツとカツをのせて、自慢のソースをたっぷりと。「ごはんにもソースが絡んでる〜。これで、チューハイ飲めちゃう!」と大満足の西島さんだ。一度は姿を消した幻のソースの復刻に協力してくれたのは、昭和25年創業の老舗「山屋食品」。社長の菅澤運一さんは、「先代の弘さんは研究熱心でまじめな方。すごくおいしいソースでしたよ。工夫の仕方が一味違ったんだと思いますね」と話す。ご主人は、そんなソースを、ごはんにも合うように独自にアレンジして、カツ丼に使用しているそうで、「やっぱりソースが好きなんですよ。どこかで親父の存在を感じながら、こうやって店を続けてます」と語り、「酒場は1日の疲れを取り、明日の糧になる場所。早く元に戻って、みんなで楽しく飲めるようになってほしいですね!」と朗らかに笑った。