ここは江戸川区船堀、地元の常連客に愛され続ける老舗酒場「伊勢周」。店内を覗き込んだきたろうさんが「おぉ〜、飲みやすそう」と一言。この“飲みやすそう”という直感、酒呑みならご理解いただけるはず。１に程よいお客さんの混み具合、２に清潔感と雑然とした感じのバランス、３に店の人の表情、４に……と、そのチェック項目は尽きない。しかし、これらを瞬時に読み取れてこそ、一人前の酒呑み。その点で伊勢周は、まず店の造りがいい。カウンターに見える席は、長いテーブルになっている。お客さんが少なければカウンターとして、お客さんが増えれば（もしくはお客さんが要望すれば）長テーブルとして向かい合って使えるようになっていて、人が混み過ぎる感じも、寂しい感じもしないのだ。さらに、たくさんあるメニューの短冊で店内は賑やかだが、清潔感が漂う雰囲気も高ポイント。そしてなにより、厨房で腕を振るう二代目ご主人・尾崎成春さんの柔和な表情と、チャキチャキと店を切り盛りする女将・貞子さんの笑顔がいい。聞けば結婚して54年、先代と共に二人三脚で店を守ってきたのだという。金婚を終え、来年にはエメラルド婚。そんな仲睦まじい2人の店に、人が集まるのも当然の話だ。

さて、まずはいつもどおり焼酎ハイボールで乾杯。少し琥珀色の氷なしの焼酎ハイボールを飲んでいると「通しで煮込み！」と、女将さんが小皿を運んでくる。このモツ煮込みは昭和27年の創業以来、継ぎ足され守られてきた自慢の一品なのだが、これがなんと無料。柔らかく滋味深いこの煮込みがあれば、軽く一杯飲めること間違いなしだ。このお通しの後は、メニューに品数多く載っている天ぷらをいただくことに。新鮮な魚介類や旬の野菜を、およそ170度の油でサックリと揚げた天ぷらは、この店の看板メニュー。しかも一人前の量が多い。まこと、酒呑みには有り難いサービスがてんこ盛りの店だ。

そもそもこの伊勢周は、先代の尾崎周平さんが妻のタミさんと昭和27年に創業。二代目は高校生の頃から両親を支え、以来、地元で愛される酒場を守ってきた。そんな二代目がお見合いで結婚したのが、新潟育ちで5人兄妹の末っ子だった貞子さん。「先代は商売に厳しかった。私達は“親を大事にしなきゃいけない、口答えしちゃいけない”って時代でしたから大変。今みたいに託児所もないから、お店でおぶって働きました」と昔を振り返る。そして先代が倒れたことをきっかけに、三代目となる浩之さんがサラリーマンを辞め、31歳で店を継いだ。「思ったよりも大変でしたね。いやぁ〜失敗したなと思ったんですけど(笑)、やっと仕事が分かってきたという感じです」と、三代目は笑う。

そんな三代目が出してくれた料理がスパゲッティグラタン。ケチャップと塩コショウで味を整えたナポリタンの上から、独自に調合したホワイトソースとたっぷりのチーズを乗せ、オーブンで15分焼きあげれば完成。溶けて溢れたチーズが、きつね色にカリカリに焼けているのが食欲をそそる。熱々のところを頬張るきたろうさんも「この喫茶店のナポリタンの味。こういうスパゲッティが大好きなんだよ」と、お気に入りの様子。さらに、冬にこれ以上のごちそうなし！　とばかりに湯気を立てて寄せ鍋が登場する。椎茸、えのき、豆腐、春菊、白菜など具沢山。中でも目を引くのが立派なハマグリ。これには当然、西島さんの決めゼリフ「染みますねぇ〜！」が飛び出す。

お酒と料理でご機嫌になったきたろうさんと西島さんを、ニコニコ見ている二代目。きたろうさんが「ご主人、お酒は飲まないで大丈夫なんですか？」と訊くと、「お酒は飲めないんですよ。全然ダメ。飲まないんじゃなくて、飲めないんだ。お酒を飲んで気晴らしして、１日の疲れを取ってさ、みんないいなぁと思うね。一回飲んでみたいね」と、実に意外な返事。さらには「おじいちゃんもおばあちゃんも飲まなかったですね。三代目も飲まない、というか飲めない」。呑めない三代が、こんな名酒場を守れた理由。それは、二代目のこの言葉を聞けば納得だ。曰く「やっぱふれあいとかさ、笑顔。それさえ守ってりゃさ、酒場っていいんだよ」。まさしく、そのとおり。