15歳から料理の道一筋!
高級料亭で磨いた職人技が光る
絶品料理の数々に舌つづみ
春の息吹を感じる旬の味覚を満喫!
今宵の舞台は、東京都渋谷区代々木八幡。お邪魔するのは、平成24年創業の「縁家(えんや) とりつぎ」だ。「“縁家”は、ご縁を大切にしたいという思いを込めて」と、ご主人の取次弘志さん(55歳)。開業以来、妻の靖子さん(55歳)と二人三脚で店を切り盛りしてきた。きたろうさんと西島さんは、さっそく、焼酎ハイボールを注文して、「今宵に乾杯!」。
この日のお通しは、「そら豆の塩茹で」。鮮やかな緑と、カウンターに飾られた満開の桜の枝に、春を感じる。そして、最初のおすすめ料理は、熊本県産の「馬刺し三種盛り合わせ」(赤身、たてがみ、フタエゴ)。美しい盛り付けにうっとりしながら、とろけるような赤身に「旨いねぇ。甘みがある」と舌つづみをうつきたろうさん。フタエゴはバラの部分で、歯応えがあって甘みが強いのが特徴。西島さんは、「フタエゴおいしい〜。私、これ好き!」。
15歳から20年間、京料理の修業をしたというご主人の弘志さん。茨木県の中学を卒業後、料理人を志し、県内にある結婚式場の厨房で働き始めた。17歳で上京し、赤坂にあった高級料亭で本格的に修業を開始。「住み込みで、朝は起きてすぐ調理場に。夜は仕込みの途中で銭湯に行って、戻ったらまた仕込み。厳しかったです。親方に同じことを2度聞いて、殴られたり」と振り返り、「下駄でスネを蹴られるので、プロテクター替わりに新聞紙を入れてました。辞めたい、逃げたい、は、もう毎日(笑)」。それでも続けられたのは、「やっぱり料理が好きだから。一人前の料理人になるには、だいたい10年かかるんですが、私は7年で料理長に!」と茶目っ気たっぷりに笑う。
続いては、今が旬の「サワラの照り焼き」を。串に刺し、自家製ダレで照りよく焼き上げた一品は、「料亭の雰囲気だね」と、きたろうさん。西島さんも、「身がふかふかで最高! めちゃくちゃおいしい」と頬が落ちそうだ。
22歳で渋谷にあった高級日本料理店の料理長に抜擢された弘志さん。料理人の道を歩み続けられたのは、17歳の時に赤坂の料亭で出会った親方・寒河江(さがえ)一三さんの存在が大きかったという。「当時は反抗もしたけれど、師匠のおかげで今がある。本当に感謝してます」と、今は亡き親方への想いを語り、「親方から教わったのは、材料を手にしたら、まず自分の中で料理の完成形を思い浮かべてから調理すること」と話す。きたろうさんは、「大将は、本当に楽しそうに料理するんだよ。絵を描いてるみたいにね」。
桜の香り漂う「真鯛の桜飯蒸し」
バブル崩壊後、35歳で渋谷の日本料理店を辞め、大衆酒場で働き始めたご主人。安くて美味しい料理をもっと多くの人に食べてもらいたい、との思いがあった。「自分の店を持ちたくて、仕入れの勉強をしようと酒場に入ったら、総料理長を任されて。結局12年間(笑)」。ようやく、平成24年、47歳で念願の独立を果たし、代々木八幡に自分の店を持った。
さて、ここで、「山菜の天ぷら」が登場! ふきのとう、山うど、こごみ、タラの芽の盛り合わせ。春の息吹を感じる天ぷらは、「軽やかで、あっという間に食べちゃう」と、箸が止まらないふたり。
弘志さんと靖子さんとの出会いは、37年前。習字の先生だった靖子さんの教室に、弘志さんが生徒としてやってきた。それから10年後、29歳で交際し始めたふたりは、「東京グローブ座へ行って、シティボーイズの公演も見た」そうで、「エライ!! それはうれしいな」と、きたろうさん大感激! 平成8年に結婚すると、「独立を迷っていた主人の背中を私が押しました。主人の腕を信じてましたから」と頼もしい靖子さん。店の看板も靖子さんの直筆だそうで、ご主人は、「すべて妻が導いてくれてます」と頭が上がらない!?
次の料理は、「メバルの煮付け」。料理の腕と創業時から継ぎ足す煮汁が味の決め手だ。「煮汁の濃さ加減が素晴らしい!」ときたろうさん。「匂いだけで飲めちゃう〜。全然煮崩れてないし、メバルも本望ですね」と西島さんも絶賛すると、ご主人は、「地元のお客さんの反応を見ながら味を決めています。いろんな要望にも応えますし、フグでもスッポンでも何でも来い!」と胸を張る。「懐石料理は、こちらが作ったものを食べてもらえますが、酒場では、お客さんに食べたいと言ってもらわないと、腕の振るいようもない。それが酒場と料亭の違い」と、お客さんとの対話を大切にし、「刺身三種盛り合せ」、「お肉屋さんのコロッケ」、「手振りそばせいろ」など、おススメメニューも幅広く揃える。
最後の〆には、「真鯛の桜飯蒸し(いいむし)」を。真鯛と一緒に蒸しあげた桜色のもち米に、鰹と昆布出汁の餡が相性抜群。桜の葉が香り立つ、美しい一皿に、「なんて品のいいお料理。それでいてお酒にも合う」と頬を紅潮させる西島さん。
「酒場は、人と人との憩いと団らんを提供する場所」とご主人。「そういう場所がいっぱいあってほしいよなぁ」と、心から願う、きたろうさんだった。