吉祥寺駅の北口を出て、細い路地に足を踏み込む。ハーモニカ横丁と呼ばれる小さなお店が密集するこの一帯は、戦後闇市の時代に形成され、今なお人を惹きつける雑多な生命力を宿すディープなエリアだ。今では若い経営者による小洒落た店も多く、老若男女に広く愛されている。今回訪れたのは、そんなハーモニカ横丁の一角にある酒場「はんなり」。2階に団体用の部屋もあるが、1階は道にむき出しのカウンター13席のみで、お客さんは道を背にして呑むスタイルだ。カウンターの中には、ピシッと着物を着こなす女将の西村雪路さん。カジュアルな酒場が多い界隈にあって、女将の上品な着物は光って見えるようだ。
まずは、いつものように焼酎ハイボールで常連客と乾杯。最初にお通しとして女将が出してくれたのが「ふわとろ豆腐(200円・税込)」だ。この豆腐と油揚げの一品に、きたろうさんと西島さんの表情が変わる。だしが美味しい! 「味が濃い。このだしに麺を入れても美味しそうですね。この店のこの感じで、こんな(上品な)料理を食べられるって嬉しいですよね」と、西島さん。さらに彼女を喜ばせたのが、次に出てきた「こまいの一夜干し」。北海道の特産で、あまり東京では見かけない酒の肴だが、札幌出身の西島さんにとっては懐かしい味だ。「この味の濃さが、こまい独特。ほかにはない味ですよね」。沖縄から北海道まで、美味しい素材ならなんでも扱うという女将は、探究心旺盛な人物のようだ。
店を持つという女将の夢を育んだのは、北品川で料亭を営んでいた祖父の存在だった。料亭の調理場を遊び場に育った彼女は、海外の大学へ進学。異国生活の中で、和食の素晴らしさを再発見したという。卒業後はメーカーでOLをしていたが、飲食への夢を断ちがたく、山手線内のビジネス街に出店しようと決意。しかし、吉祥寺のこの物件を見て一目惚れして開店へ……と、女将は抜群の行動力で突き進んだ。店には、京都出身だった祖父への敬意を込めて「落ち着いた華やかさがあり、上品で明るく陽気な様」を意味する京言葉「はんなり」という名を付けた。「味は自己流です」と女将は謙遜するが、この店の味には料理人としての血筋、そしてバブル期に「OL時代、さんざんそちら側(客の側)にいましたから」という食道楽の経験が活きているようだ。
次に、常連客からすすめられた料理「白子とあしたばの天ぷら」をオーダー。揚げたてを頬張ったきたろうさんは「味が京風なんだよ。京都で食べたら大変(な値段)だよ。つけだしも見事だね」とご満悦。しかしこの店のだしが、2人を本当に驚嘆させたのは最後の一品。「小鍋が季節で色々変わるんですけど、今日はちょっといいイカがあったので、カキといかワタを使った小鍋はいかがですか?」と女将。その熱々のスープを啜った西島さんは「おふっ!」と声を上げて言葉も無く、きたろうさんは「あああぁ〜、やっぱりここはだしがうまいよ」と絶賛。いかワタと味噌、双方ともに個性の強い味が複雑に絡み合い、絶妙のバランスを保っている。少し強めの味付けも、酒呑みにはたまらない。
お店を始めて一番苦労したことを訊くと「OL時代に比べるとお休みが少なくて、朝起きてから寝るまでずーっと仕事ですよ。仕事と結婚したようなものです。でもやりたいことをやっているのでストレスはないし、楽しいですね」。さらに店を続けられた理由を訊くと「ひとつは(外から)見える店だったということですね。お店の雰囲気をダイレクトにお客様にお見せできるので、それを気にいって下されば店に入ってもらえるじゃないですか。やっぱりお客様に育てられたのだと思います。この雰囲気ってスタッフだけで出来るものじゃないので、“お客様と一緒にお店を作ってこられた”ことには恵まれています」という。ひとつひとつの質問に、しっかり考えて話す女将を見れば、OL時代も相当にできる人であったのだろうと分かる。しかし、旺盛な探求心と抜群の行動力が、一人の女性を酒場の女将という天職へ導いた。ハーモニカ横丁というディープなエリアに、和装の華一輪。行ってみたくなる一軒だ。
-
こまい(氷下魚)は冬に旬を迎えるタラ科の一種で、北海道の近海で獲られ干物や練り物にして食べられる。干物は非常に固いことで知られるが、最近では一夜干しや生干の少し柔らかいものもある。こまい一夜干し 200円(税込)。
-
きたろうさんが「年齢聞いちゃ失礼だけど、いくつのとき始めたんですか?」と訊くと「(今より)7歳若かったですね」と、女将は頑として年齢を明かさなかった。
-
フワ、トロッとした食感が秀逸な白子と、少し味にクセのあるあしたばという組み合わせがいい、白子とあしたばの天ぷら 880円(税込)。
-
いかワタと味噌をベースにしたスープに、大ぶりのカキが入っている。冬の味覚がギュッと凝縮された至福の小鍋。カキといかワタの小鍋 650円(税込)。
-
店の様子がすべて見えるため、雰囲気が良ければすぐにお客さんが入ってくれる。しかし、楽しい雰囲気はスタッフだけでは作れず、お客さんと共に作り上げるのだという。
-
住所
電話
営業時間
定休日 -
東京都武蔵野市吉祥寺本町1−1−8
0422-29-7458
平日17:00〜23:30
土曜、日曜、祝日15:00〜23:30
不定休
- ※ 掲載情報は番組放送時の内容となります。