高級住宅地の目黒区碑文谷にあっても、居心地の良い酒場の条件は、下町の条件と変わらない。居心地のいいカウンターと、そのなかで笑顔を絶やさずシャキシャキとお客さんの注文をさばく女将。そこに美味い酒とつまみがあれば、酒場というフィルターを通して日々の疲れが落ちてゆく……。ここ「浅野屋」も、そんな名酒場の一軒だ。創業49年の歴史を守るのは二代目のご主人、金箱盛光さんと女将の順子さん。暖簾とともに、名物の牛もつ煮込みの火を守り続けてきた。いつもの乾杯もそこそこに、その名物をいただくと「煮込まれてるねぇ。あっ、うまい!」と、きたろうさんが唸り、顔がみるみるうちに赤く火照っていく。濃厚な牛もつ煮込みの味、それを洗い流すように飲む焼酎ハイボール、この繰り返しが止まらない。「ここに住んでいて転勤になった人が、転勤先でこれを食べたくなってわざわざ遠い所から来てくれるのよ」という女将の表情が、実に嬉しそうだ。
次のおつまみをお願いすると「いわしのフライはお好きですか?」と女将。これに待ってましたとばかりに手を叩き「大好き!」と答えるきたろうさん。しかし出てきた皿を見て仰天! そのデカい事! 思わず「これを半分にしようという考えは無いの?」と言ってしまうほどのフライは、噛むとザクザクといい音がして、いわしの旨味がジュンと口に広がる。この酒場、侮りがたし!
浅野屋は昭和27年、先代夫婦が大井町で創業。息子に跡を継がせるため、昭和41年に碑文谷へ移転。盛光さんは高校へ通いながら働き、腕を磨いた。その後、順子さんと見合い結婚。それまでOLだった順子さんは「最初はなかなか大きい声が出ませんでした。私達は料理も接客もやんなくちゃなんないですからね。魚のさばきかたなんか、包丁を持ったことが無かったもんだから大変でした」という。それでもやっていけたのは「うちのご主人様、いい人だから。やさしくてね、かばってくれた」。こうして、碑文谷のおしどり夫婦の店は、地元の人に愛される店に育っていった。
次に出てきた料理は、見た目も鮮やかな野菜たっぷりの「子持ちがれいの野菜あんかけ」。カリッと揚がった子持ちがれいにシャキシャキのピーマンの歯ごたえ、そして甘辛のあんが絡み合い、実に美味しい。「美味い。美味いねぇ、このかれい。甘さが微妙にあって、このお魚の味を生かしてるよ」と、きたろうさんも大満足。おいしいつまみが続いて、食欲を刺激された西島さんが、最後にもう一品!とお願いすると「まだ食べますか?」とご主人が驚く。“う〜ん”と悩んだご主人が「今の時期はカキがプリプリしてるからなぁ」つぶやくと、「かき豆腐なんかあったかくていいんじゃない?」と女将。このへんの息の合い方がなんとも心地いい。登場したかき豆腐は、鉄鍋の真ん中に自家製ねぎポン酢の椀が浮かび、アツアツのカキや豆腐がポン酢につける事で冷めないようになっている。「カキの白い身がプルンプルンしてる! それにカキの出汁がすごく出てますよ」と西島さん。「この出汁とポン酢、凄いねぇ」と、きたろうさんも唸る。
女将にとって酒場とは何ですか?と問うと意外な答えが返ってきた。「必要悪みたいなもの」。これに納得できないきたろうさんが「どうして?」と訊くと「奥さんにしてみたら、凄く嫌じゃないですか?」と言う。「この店でストレス解消してもらうのもいいけども、やっぱりねぇ……。でもこの頃ようやく、家で嫌な顔をされるよりも、ここで一息入れて気分良く帰った方が、奥さんもいいかなと思うようになってきたの。それまでは罪悪感みたいのがあったんですよ」。ある日常連客が「この店が無くなったら酒場難民になっちゃうよ」と言ったのだと言う。「その言葉が、ものすごく嬉しかったの。お客さんが嬉しそうに、肩の力を抜いて帰られるでしょ。その帰る時の笑顔が好きなんですよ、私」。店をリタイアした後に楽しもうと、夫婦で始めた絵の趣味。その絵が掛けられた店で、常連客はきっと思うに違いない「趣味を満喫するのは、まだまだ遠い日になっていただきたい」と。
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約50年にわたり煮込まれつづけている名物の「牛もつ煮込み(500円・税込)」。その値段と釣り合わない、ガッツリしたボリュームもうれしい。
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新鮮ないわしをサクサクに揚げた「いわしフライ(500円・税込)」。大ぶりないわし2尾で、この値段!
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卵を抱えたかれいをカリっと揚げて、素揚げした赤・緑のピーマン、シメジと自家製の特製甘酢あんをかけた「子持ちがれいの野菜あんかけ(550円・税込)」。
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三陸産のプリップリのカキを使った「かき豆腐(670円・税込)」。鉄鍋に浮かべられた、自家製ねぎポン酢も絶品!
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住所
電話
営業時間
定休日 -
東京都目黒区碑文谷6−1−21
03-3715-6904
16:30〜24:00
日曜、祝日
- ※ 掲載情報は番組放送時の内容となります。