新宿で昭和54年創業の老舗酒場
保育士を辞めて料理の世界へ飛び込み
常連客から二代目女将に!
お店自慢の「おでん盛り合わせ」
今宵の舞台は東京都新宿区新宿。きたろうさんと武藤さんがやってきたのは、寄席の「新宿 末廣亭」や落語をコンセプトにした喫茶店「楽屋」などがある新宿三丁目だ。お邪魔する酒場は、創業44年目を迎えた「上燗屋 富久(とみきゅう)」。家庭料理とおでんが名物の老舗酒場である。漆塗りのテーブルが醸し出す落ち着いた雰囲気の店内で、さっそく、ふたりは、焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。笑顔で迎えてくれた二代目女将の佐藤美貴さんに、「女将、きれいだなぁ〜」と思わず見惚れるきたろうさん!
最初のおすすめは、看板メニューの「おでん盛り合わせ」。つみれ、しょうが丸天、大根、豆腐とボリュームたっぷりで、「温かいまま食べてほしいので」と、おでん出汁の入ったお椀を取り皿代わりに出してくれる。ふわふわのつみれは女将の手作り。口に入れると魚の旨みが優しく広がり、「旨い〜。女将やるじゃん!」と、感心するきたろうさん。存在感のある木綿豆腐は、新宿一丁目で創業70年以上の老舗豆腐店から仕入れているそうで、大豆の旨みが凝縮した深い味わいだ。
店名の「富久」は、落語の「富久」(宝くじを買った男の悲喜こもごもを描いた落語の演目)が由来。昭和54年に、先代主人の杉原親さん(享年89)が開業した。「でも、先代は赤の他人(笑)」と女将。「私はここの常連客だったんです。もともと保育士でしたが、料理にも興味があって、『こんな店をやってみたい』と話してたら、先代が『明日から手伝いに来い!』と。保育も料理も好きだったので、一生のうちに料理の方もやってみようと思いました」。
そんな先代から引き継いだ「あじの唐揚げ」が次の料理。二度揚げしたアジを塩・コショウでシンプルに味付けした一品は、カリカリと頭から丸ごと食べられる。武藤さんは、「ブラックペッパーがいい具合」とチューハイをグビグビ!
9年前、30年近く勤めた保育園を退職し、第二の人生に料理の世界を選んだ美貴さんは、まず調理師専門学校に入学した。「若い子ばかりかと思いきや、私より年配の方もいて驚きました。面接では『18歳の子たちと一緒にやっていける?』と聞かれましたが、保育園で若い子と一緒に働いていたから大丈夫!」と余裕の表情。「保育の仕事って、常にあちこちにアンテナを張って、配慮してなきゃいけない。そういう経験も、料理の世界で役立ってますね」と話してくれた。
はんぺんが隠し味!? 「おでん屋の水餃子」
料理修業をしたのは、西麻布の本格的な日本料理店。「ミシュラン2つ星の店に行って、無給でいいから、とお願いしました。いろんなことを学ばせてもらいましたが、大変だったのは洗い物。ものすごく高級な食器ばかりで、大将もピリピリ(笑)」。そんな話に、落語「厩火事」(大事な陶器を割って、夫の愛情を試す妻を描いた演目)を思い出す、きたろうさんだ。
1年間の修業を経て、6年前に「富久」で働き始めた美貴さん。先代が体調を崩したこともあり、4年前の平成30年、二代目女将として店の暖簾を引き継いだ。「先代は、『客は店が選ぶもんだ!』という人で、若いお客さんや一見さんを断ることもあった。結構、頑固ジジイのお店だったんですよ」と苦笑いしながら先代を懐かしみ、「今は、常連さんに加えて、若いお客さんも増えています!」。
さて、ここで登場したのは、女将考案の家庭料理「なすみぞれ煮」。「ナスがトロトロで味が滲みて、おいしい! 青じそもさっぱりして、いいアクセント」と舌つづみを打つ武藤さん。女将が二代目を継ぎ、新しいメニューも増えたそうで、お薦めメニューには、「干しえび入り玉子焼き」や「しめじアスパラバター」、「干物 鮭のハラス」など様々な料理が並ぶ。さらに、「先代は“男の料理”という感じだったので」と、女将は出汁の味を変え、カツオ節と昆布に鶏手羽を加えた自家製おでん出汁を調えた。
続いては、「うなぎの有馬煮」を! 有馬煮とは実山椒の佃煮を使った料理。実山椒のさわやかな辛さが、うなぎの旨みを引き出し、「かば焼きよりもうなぎの味が引き立つ感じだ」と、きたろうさんも大満足!
そして、今宵の〆は、1日5食限定の「おでん屋の水餃子」。「皮がツルツルでモチモチ! 肉の旨みもすごい」と、武藤さんは箸が止まらず、きたろうさんも「これはおでんに入れるべきもの!」と大絶賛。女将から、「餡の隠し味に、おでん屋ならではの食材を入れてます」と聞いて、「はんぺん!?」と即答する武藤さん。大正解である!
酒場とは、「憩いの場であり、なくてはならない場所。目の前でお客さんの“おいしい”という言葉を聞けるのが一番うれしい」と女将。「料理も好きだし、子供も好き。今後は両方に役立つ仕事ができればいいな」と夢も広がる。実際、保育園で世話をした子供たちが大きくなって、店に来てくれることもあるそうで、「懐かしくて、すごくうれしかった!」と女将の笑顔がさらに輝いた。