東京都小平市で創業31年目
手作りの絶品家庭料理で舌を唸らせる!
老舗酒場の暖簾を守る女将の物語
ズラリと並ぶ大皿料理に大興奮!
今宵の舞台は、東京都小平市花小金井。西武新宿線・花小金井駅から、きたろうさんと武藤さんが向かったのは、安くて美味しい家庭料理が味わえると評判の大衆酒場「虎居(とらい)」。創業31年目を迎えた店を切り盛りするのは、女将の川村直子さん(78歳)だ。古民家を思わせる落ち着いた雰囲気の店内で、ふたりは、さっそく、焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。
カウンターの前にずらりと並ぶ大皿料理はすべて女将の手作り! 思わず目移りしてしまうふたりに、女将がすすめてくれた最初の一品は、「ポテトサラダ」だ。常連さんに大人気だそうで、なめらかな舌触りと優しい味付けに「お母さんの味だ〜」と、きたろうさんも大喜び!
凛とした気品あふれる女将に、「ここをやる前は宝塚歌劇にいたって感じだね!?」と、きたろうさん。女将は、「いえいえ、恥ずかしい(笑)」と首を振りながら、「ここを開業する前は、銀座で同じ名前の居酒屋をやってたんです。最初は旦那がやりたいというので一緒に始めて……」と話し出す。高校卒業後、都内の保険会社に就職し、26歳のとき社内恋愛で元ラガーマンの同僚と結婚した女将は、結婚を機にご主人とともに保険会社を辞め、銀座で「虎居」を開業したのだそう。「でも、別れました。銀座は綺麗なお姉さんがいっぱい来るし。100%浮気ですね」と笑いながら、「あまり気にはしなかった。人にもお金にもあまり執着したくなくて」。
離婚後は、女将が銀座の店を継いだが、その後、両親の介護のために閉店。介護を終えたのち、実家に近い小平市に「虎居」を開業したのは、48歳の時だった。店名は、「旦那がラグビーをやっていたから、ラグビーの“トライ”から。離婚した後も、彼が新しい店にもそのまま使ってほしいと言うので」と、「虎居」の店名を引き継いだのだ。
続いてのおすすめは、日替わりの「煮物」。この日の具材は、豚肉、こんにゃく、卵。約3時間煮込んだ豚肉はホロホロ、こんにゃくの味滲みもしっかり! お酒のすすむ味わいに大満足のふたりである。
ところで、店があるのは、路地を入った静かな住宅街。周りには飲食店もなく、「よくここで開業しようと思ったね」と言うきたろうさんに、「全然知らないで始めましたが、周りには会社がいっぱいあるし、市役所や警察もあって」と女将。「毎日いろんな料理を作って、コツコツ努力していれば、必ずお客さんは来て下さる」と、78歳になった今も努力を惜しまない。毎日、早朝4時頃から仕込みを始め、「えびサラダ」、「さばの塩焼き」、「コロッケ」、「温野菜」など、家庭料理を中心に、20種類以上の日替わりの料理を用意してお客さんを迎えているのだ。
玉ねぎたっぷり! ふわふわ黒豚「ハンバーグ」
ここで、黒豚のひき肉を使った「ハンバーグ」が登場! 玉ねぎたっぷりのふわふわハンバーグに、武藤さんは、「おいしい〜、軽くていくらでも食べられる!」と感激! 女将は、「この辺は農家も多いので、野菜には自信があります。新鮮な野菜を中心においしいものを作りたい」と話し、お口直しに、きゅうりの「ぬか漬け」を出してくれた。そんな新鮮野菜を女将が仕入れている農園の経営者も、この店の20年来の常連客。この日も来店中で、精肉店の経営者や、店内に飾ってある絵を描いたという30年来の常連さんなどと楽しそうにお酒を酌み交わしている。お店の魅力を伺うと、「安くて美味しい!」と口を揃えるみなさん。30年前から値上げしていないそうで、すべてのメニューが400円以下というのは驚くばかりだ。地元の食材を生産者から直接仕入れ、その日の分だけを大皿料理にすることで無駄をなくすなど、女将の努力の賜物なのである。
続いていただくのは、塩と唐辛子だけで味付けし、ピリ辛に仕上げた「塩から揚げ」。武藤さんは、さっそくかぶりついて、「カリッカリでスパイシー!」と興奮し、きたろうさんも、「旨いっ。お母さんの料理だなぁ」と感慨深げに味わうのだった。
「店をやっていて、毎日が楽しいし、30年間、嫌なことなんて一回もない。お酒好きな方はみなさん優しいんじゃないかしら」と心から満たされた様子の女将。跡継ぎはいないとのことで、「死ぬまでやります!」と笑う。きたろうさんは、「女将は人が好きなんだね」と頷きながら、「でも、毎日、これだけの料理はなかなか作れないよ。大変だよ」と感心するばかり!
最後の〆は、「明太子スパゲティ」。ニンニクがしっかり利いた、明太子たっぷりの細麺スパゲティに、ふたりは、「あぁ、おいしい!」、「これは食べきっちゃうね!」とペロリと平らげた。
「酒場とは、みなさんの憩いの場所ですね」と、おだやかな笑顔を見せる女将。きたろうさんは、「もう、そういう場所になってるのが分かりますよ。酒場ってやっぱりいいなぁ!」と、ますますゴキゲンになるきたろうさんであった。