昭和51年創業の老舗酒場
先代の義父から二代目を継ぎ
暖簾を守り続ける女将の物語
概念を覆すおいしさ! 「駅前さつま揚げ」
今宵の舞台は、東京都足立区綾瀬。きたろうさんと武藤さんがお邪魔するのは、綾瀬駅(JR常磐線、東京メトロ千代田線)から通り1本を挟んだ向かいにある、その名も「駅前酒場」だ。駅と店の間の道路は足立区と葛飾区の区境で、「駅前酒場」は葛飾区側の立地。昭和51年創業の老舗酒場を二代目女将の金野(こんの)梓さん(43歳)が切り盛りしている。ふたりは、さっそく、厨房を囲むコの字カウンターに座って、焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。
最初にいただくのは、鮮魚の刺身。“本日のおすすめ”の中から、きたろうさんは「本マグロ」と「アジなめろう」をチョイス。武藤さんは、「アオリイカ」と「寒ブリ」を選んで、「アオリイカはねっとりと甘い! 臭みなんて1ミリもない!」と感激。旬の寒ブリも、「脂がすごい! 溶けますね〜」と大喜びだ。
「仕入れは、豊洲市場。主人が働いているので」という女将の夫は、先代の息子・金野昌也さん(45歳)。「息子は店を継がないで、嫁の私が継ぎました!」と女将は笑うが、仕入れや料理のアドバイスは昌也さんが担当している。「やっぱり豊洲市場で働いているので、取引先も全部つながっているし、仲間のような感じ」だそうで、「ウチは魚の種類は指定しないの。『売りたいもの持ってきな! そのかわり安くないと買わないよ!』ってね」とニヤリ。これには、きたろうさんも、「江戸っ子だねぇ!」と感心するばかり! 当然、店のおすすめメニューも、「無添特上生ウニ」、「生青のり山かけ」、「塩辛ジャガバター」、「もつ煮込み」など、安くて旨い料理が揃っている。
続いては、「駅前さつま揚げ」を。常連さんも「口に入れた瞬間ビックリしますよ! もう何千個食べたか分かんない」と絶賛する一品だ。「さつま揚げの概念が覆されるとよく言われます。すり身にする魚や具材も違うので、毎日、全く同じものはなく、食感もフワフワだったりプリプリだったり。一期一会」と胸を張る女将。この日は、イカやアサリ、舞茸などが入ったフワフワ食感で、ふたりは、揚げたてアツアツを頬張って、「旨い!」、「味もしっかりしておいしい〜!」と舌つづみを打った。
ところで、女将は高校生までアーティスティックスイミングに熱中し、卒業後は、スポーツインストラクターや格闘家、雑誌のモデルなど様々な職業を経験したという。22年前に浅草の三社祭で昌也さんと出会い、平成23年に結婚。「ご主人はなんで店を継がなかったの?」と聞くと、「お城にお殿様は一人しかいらない。お殿様同士は喧嘩になる」と苦笑いしながら、自分が二代目を継ごうと思った理由だとも話してくれた。
〆には冬の味覚「あん肝豆腐」を!
次に登場したのは、「駅前メンチカツ」。「デカっ!」と驚きながら、箸を入れたきたろうさん。「肉汁がバーっと出てくる!」と興奮しながら、「さつま揚げと同じく、この空気感がいいね」と大満足。武藤さんも、「お肉がしっかりしてる。おつまみにもなるし、おいしい〜」と頬が落ちそうだ。
義父である先代の金野哲也さん(享年74)は、「俺がルールブックだ!」というタイプで、女将は、「先代から学んだのは、“人間力”。細かいことよりも、『自分はこうする』、『うちの店はこうだ』と決めておけば、後はお客さんが一緒に店を作っていってくれる」と話す。そんな「駅前酒場」には「おかわり」のルールもあり、「何も言わずに、トンっと音を出してカウンターにグラスを置く」とのこと。さっそく実践する武藤さんである。
「先代は、お祭りをやっていた親分肌な人。私と同じでものすごく態度のデカい男だった」と、女将。「私もこんな性格なので、先代とも『なんだ、バカヤロー!』みたいにやりあって、まわりはヒヤヒヤしてた。でも、先代が、『俺は74年生きてきて怖いものはひとつもなかったけど、今は息子の嫁が一番怖ぇ……』と言った時、お客さんも、私が女将になるのを自然と受け入れてくれる感じがしましたね」。
さて、ここで、たっぷりのニラと卵をふわふわに焼き上げた店自慢の「ニラ玉」を! 創業当時から常連客に人気の一品に、武藤さんは、「卵がトロっとしてる。バターも入ってて、濃厚ですね〜」と目を細めるのだった。
最後の〆は、冬の味覚。「あん肝豆腐」。あん肝と豆腐を煮魚のように甘辛く煮つけた冬の名物料理は、ご飯にもお酒にも合う味付けで、ふたりの「おいしい〜」が止まらない!
長く続ける秘訣は、「自然体でいること。昭和の時代の当たりまえのことを、そのまま令和の時代にもってきているだけ」と言う女将。「お客さんが帰り際に『今日もおいしかった、ありがとう』と言って下さることが多くて、毎日本当にうれしくて、楽しい!」と充実した表情を見せ、常連さんたちも、「変わらないでいて欲しい」、「現状維持が一番」と口を揃えた。
女将にとって酒場とは、「みんなのリビングであり、憩いの場所」。常連さんたちが「ただいま!」と帰ってくる、いい酒場だ。