昭和・平成・令和を跨いで約70年!
三世代続く老舗酒場の暖簾を
守り続ける女将の物語
とろりと濃厚な名物「牛モツ煮込」
2025年最初の放送は、東京都墨田区八広(やひろ)。きたろうさんと武藤さんがお邪魔したのは、京成押上線・八広駅から徒歩5分、牛モツを使った様々な料理が味わえる「丸好酒場」だ。創業約70年という年季の入った店構えに「渋いねぇ!」と興奮するふたり。くの字カウンター席のみの昭和レトロな店内で、三代目女将の山口享子さんに迎えられ、ふたりは、さっそく、焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。
最初のおすすめは、「牛モツ煮込」。大鍋でじっくり煮込んだ味噌ベースの煮込みに秘伝のタレをかけて仕上げる。ピリ辛でとろりと濃厚な煮込みに、きたろうさんは、「珍しいよね、最近のはサラっとしてるけど」と言いながら食し、「旨い! 一度食べたら、もう一度!ってなる味だ」と唸るばかり。
正確な創業年は、「不明なんですよね」と女将。「戦後まもなく中国から引き揚げてきた祖父母が始めました。祖父が北海道の牧場の生まれで、牛モツのおいしさを知ってたんですね」。祖父・佐平治(さへいじ)さん(享年92)が昭和30年頃に開業した「丸好酒場」。昭和40年には享子さんの両親(父・才二さん、母・マサ子さん)が結婚を機に働き始め、その1年後、享子さんが生まれた。
「まさか、まさか、継ぐつもりなんてなかった!」と笑う女将。「この辺りは、子供の頃はおそろしい場所で、父からは『来るな』と言われていたし(笑)。だって、朝から夜中まで酔っ払いがうごめいてるんですよ! 夜勤明けの人たちが朝7時から飲んでるんですから」と当時の様子を語る。きたろうさんは、「すごいなぁ〜」と感心しながら、「昔からチューハイを出してたの?」と尋ねると、「そうです。最初からビールよりチューハイを飲まれるお客さんがほとんど。それで、カウンターの縁に無言でグラスを置くのが、おかわりの合図。忙しいのにいちいち呼びつけられると困るから(笑)」と、暗黙のルールを教えてくれた。
続いてのおすすめは、「レバーニラ炒」。きたろうさんは、「大好きなんだよ」と口に運び、「旨っ! なんでこんなに柔らかいの!? ふわふわだよ」と舌つづみ。牛レバー、もやし、ニラを炒めて秘伝のタレで味付けしてあり、武藤さんは、「このタレがおいしい〜」とすっかり気に入った様子だ。
〆は創業からの伝統の味「どぜう鍋」
墨田区八広で生まれ育った女将。家業を継ぐ気はなく、高校卒業後は自動車メーカーに就職したが、25年後、父親の才二さんが病いで倒れたのをきっかけに、店を手伝うことに。父の他界後は、会社を退職し、「店をたたむことも一瞬考えたが、それじゃ面白くない。母と一緒に店をやる方が、母もうれしいだろうし、私にとっても新しい人生!」と三代目を継いだのだ。
続いては、「牛ハツの塩焼」。こんがり焦げ目がついた牛ハツは、レバとはまた違う、しっかりとした歯ごたえで、「心臓ってなんでこんなに筋肉質なの!?」と噛みしめるきたろうさん。武藤さんも、「食べ応えがあっておいしい。クセがなくて食べやすい!」と大満足である。
三代目として働き始めて15年。ともに働いていた母のマサ子さんも昨年他界し、現在一人で酒場を切り盛りする女将には、ある強いこだわりが! それは、「変えないこと。メニューも作り方も材料も。レイアウトや接客も、なにもかも変えない。値段もできるだけ上げない」と話す。そして、壁のメニュー表の、「茶色く変色している部分は父が書いた字。あれを消したら全部終わっちゃう」と。一部、父の手書き文字を残していると教えてくれた。
さて、ここで、お口直し的にいただくのは、母・マサ子さんの故郷・山形県の郷土料理「山形菊花もってのほか」。山形県産の食用菊の花を使った、見た目も美しいおひたしに、「ふわっと甘い香りがして、華やかな感じ」とうっとりする武藤さんだ。そして、続いて「ジャガカレ」。こちらは、父・才二さんの故郷・北海道産のジャガイモがゴロゴロと! ご飯にかけるというより、ホクホクのじゃがいもが主役のカレーである。
常連さんたちに話を聞くと、「ここにいる時間が楽しいから、みんなここに来る」、「ボーっとできる時間が良い」、「あと、ねぇちゃんの気さくさ、だね!」と、みなさん、それぞれ居心地の良い時間を満喫している様子。女将も、そんな常連さんたちと気取らない言葉を交わしながら楽しそうに店を切り盛りし、祖父母、両親に対して、「この店だけで一家何人もご飯食べさせてもらって、一杯300円のチューハイで私たちを育ててくれたんですから!」と感謝するばかり。ただ、店付近の道路は拡幅整備計画があるそうで、「いつかは立ち退かなきゃいけない」と少し寂しそうな顔ものぞかせた。
最後の〆は、「どぜう鍋」。どじょう、ごぼうを醤油、酒、みりんで煮込み、仕上げにニラを入れ卵でとじる。きたろうさんは、伝統の味に舌つづみをうちながら、「これは子供は食えないよ」と言ってみるが、武藤さんは「お出汁の味と山椒の味で、ものすごく食べやすい! おいしい〜!」と止まらないのだった。
女将にとって酒場とは、「日常のスイッチをON OFFする場所」。きたろうさんは、「酒場はいいね」としみじみつぶやき、女将は、「だから頑張ってやってるんですよ!」と胸を張った。