親子で守り続ける老舗酒場
父から子へと受け継がれる
料理への情熱とこだわり
二代目が目利きする「刺身三点盛り」
東京都江戸川区葛西にやってきた、きたろうさんと武藤さん。今宵の酒場は、東京メトロ東西線葛西駅から徒歩7分、昭和53年創業の「信濃路」だ。厨房で腕を振るうのは、二代目主人の君(きみ)勝利さん(56歳)と先代の父・哲雄さん(84歳)。木のぬくもりを感じる落ち着いた店内で、ふたりは、さっそく焼酎ハイボールを注文して、「今宵に乾杯!」。
最初のおすすめは、「刺身三点盛り」。この日は、鯛、ヤリイカ、本マグロ。きたろうさんは静岡県産の鯛を食して、「旨い! この甘みはまさしく鯛だね」と感激。武藤さんも、「ひと切れが大きくて、口の中が幸せ」とうっとりし、「イカもねっとり。おいしい〜」と大満足だ。「魚にはこだわりがある」という二代目主人は、毎朝、ロードバイクで約10キロ離れた豊洲市場まで走り、こだわりの目利きで鮮魚を仕入れているのだ。
先代主人の哲雄さんが「信濃路」を開業したのは、今から46年前、38歳の時だった。「脱サラです。プロパンガスの配達をしてたんですが、腰をやっちゃってね。そこからこの道に」と哲雄さん。ほぼ独学で料理を学び、妻の静子さんとともに店を軌道に乗せたというが、「朝から晩まで店にいました。今思えばゾッとする。散々苦しんだ時期がありましたね」と振り返る。
店名の「信濃路」はご主人の故郷・新潟県小千谷(おぢや)市を流れる「信濃川」が由来だそうで、当時は今ほど栄えていなかった葛西を開業の地に選んだのは、「日本橋も近いし、いい場所だと思って。なのに、なんでこんな栄えないのかなと思ってましたね」と笑い、きたろうさんは、「先見の明があったんだね!」
次のおすすめは、先代が揚げる「天ぷら盛り合わせ」。キス、海老、ナス、ピーマン、大葉の盛り合わせに加えて、「新潟県といえば舞茸!」と「まいたけ天」も追加。きたろうさんは、まずキスにかぶりついて、「う〜ん、旨い」と唸り、武藤さんも「衣がサクサクで、身がふわっとしてる」と頬が落ちそう! さらに「まいたけ天」を食べて「ジューシーでおいしい! 軽い食感でパクパクいけちゃう」と感激すると、勝利さんは、「そこがやっぱり違うんですよね。先代にはかなわない。同じようにやっても、どこか違う。不思議です、料理って」と小首をかしげた。
先代の故郷・新潟の「小千谷そば」
現在二代目を継いだ勝利さんが本格的に店を手伝い始めたのは44歳の時。小学生の頃から父の背中を見て育ち、料理人に憧れるようになったという。専門学校を卒業後、赤坂の割烹での修業を経て、「信濃路」へ。「でも、やっぱり親子一緒は難しい。わがままが出ちゃうから」と哲雄さん。勝利さんも、「ふたりとも気を遣わないから、喧嘩が壮絶。お客さんがドン引き」と苦笑いする。自ら「昔はチャランポランでした」という勝利さんだが、現在は主力となって店を切り盛りし、「今は一所懸命やってますね」と哲雄さんも認める二代目となった。
続いては、「先代のメニューを踏襲しつつ自分の色も出している」という勝利さんの自信作「豚の角煮」。約3時間煮込んで作る豚の角煮は柔らかく食べ応えも十分! 飴色に炊かれた大根も最高のおいしさで、きたろうさんは、「大根に全部の味がしみてて、旨い!」と喉を鳴らした。
続いて登場したのは、先代が作る「カボチャの煮物」。勝利さんが、こちらも「先代にかなわない」という一品は、甘くてホクホク。「カボチャそのものの味がこうやって残ってるのがすごいよね」と感動するきたろうさん! カボチャを鰹出汁で20分煮込んだ後、出汁を抜いて空炒りするというひと手間がこの違いを生むのである。
「料理に『これで良い』はないですからね」と妥協を許さない哲雄さん。「教えようがないもんね。スプーン何杯の調味料とかいってもやっぱりそうはいかない」と料理の奥深さを語り、勝利さんも「料理はその時の素材などで変わってくる。百品つくれば百品違う。先代には、これからもずっとかなわないかも」と尊敬の眼差しを向ける。頑固者の血を受け継いだ親子が作りだす料理ならではのおいしさなのかもしれない。
そんなふたりのケンカを見たことがある常連さんは、「職人と職人のぶつかりあい(笑)。でも、だから美味しいんでしょうね」と言い、他の常連さんたちも、「落ち着くお店だし、旬の食材が使われていて季節を感じられる」と、店の魅力を語る。さらに、6年前まで共に働いていた勝利さんの母・静子さんにも話を伺うと、「息子は几帳面で真面目。先代も真面目一本」と穏やかに笑い、哲雄さんは、「母ちゃんは人付き合いが上手い。本当に助けてもらった」と頭が上がらない!
最後の〆は、先代の故郷・新潟県の郷土料理「小千谷そば」。そば粉のつなぎに海藻の「ふのり」を使うのが特徴で、「コシがあって旨い。見事! これは蕎麦屋ができるよ」と絶賛するきたろうさんだった。
先代にとって、酒場とは、「癒しの場所」。二代目は「大人の社交場」と答えて、「ちょっとありきたり!?」と付け加えると、きたろうさんが「ありきたりだね」と頷いて、大笑い!!