昭和23年、戦後の混乱期に創業し67年目になる「大衆酒場 甲州屋」は、荒川で美味しい料理と酒を飲ませる老舗として知られる。7年前に90歳で大往生を遂げた名物店主の先代に代わり、今は二代目の河野司さんが包丁を振るい、女将の梨枝子さんが店を切り盛りしている。きたろうさんと西島さんはカウンターに座り、まずは焼酎ハイボールで常連さんと今宵に乾杯。最初の料理は二代目おすすめ、刺身の三点盛りをいただくことに。「先代からは“河岸の中を2周して、安くていいものを見つけろ”と言われました」と二代目。「真鯛の味が濃いです! それに身が厚い」と西島さんが言うと、「鰹もうまいね。この厚みは先代の時から? ちょうどいい厚さなんだよ、脂がのってさ」と、きたろうさんも絶賛。二代目の目利きはもちろん、包丁の腕も確かなようだ。
次の一品、もつ煮込みは創業以来の味。「毎回、この煮込みと焼酎ハイボールを注文するお客さんが多いです。先代からは“こんにゃくと肉だけで作れ”といわれて、味は継ぎ足して継ぎ足して。それを今も守っています」。野菜を入れる店も多いが、甲州屋のもつ煮込みは究極的にシンプル。しかし「もつが好きな人にはたまらないね」と、きたろうさんも太鼓判を押すほどに美味しい。その味の奥深さは、この店の歴史が作り上げた、ここだけの味なのだ。
そんな店の歴史を感じさせる一品の後に出てきたのは、女性に人気だと言う和風サラダ。薄焼き卵でわかめやきゅうりなどを巻いた、見た目にも楽しい一品で、味は意外にもごま油の利いた中華風。きたろうさんが「なんだか、麺が食べたくなるね」と言うと、「実は冷やし中華を食べている時に思いついたんです。卵で巻けばサラダに出来るかもって」と二代目。「サラダなんて、先代は考えもしなかったでしょ?」と、きたろうさんが訊くと「多分(笑)。この料理も、全然褒められませんでしたからね。 “なんだこれ。出すの、こんなもの?”なんて感じでしたね」。先代はかくも頑固で厳しい人だったのだ。
酒場の長男として生まれ、高校卒業と同時に迷わず料理の世界へ飛び込み、のれんを守る決意をした二代目。「先代と喧嘩すると“お前に店をやらせると決めたわけじゃない”っていうのが口癖で。40いくつにもなって言われると“じゃあ何をしたらいいのかなぁ”って感じですよ」。常連さんに訊くと「店にいる娘さん達に、ちょっかいを出すお客さんがいると、いきなり出てきて殴った」、「テレビを観ながら飲んでいると、まだ観たいのに“店、終わりだよ!”って追い出されちゃう」など、先代の人柄がよく分かる逸話がいくらでも出てくる。なかでも二代目が良く覚えているのは、先代は毎日店に通うお客さんを、あまり好ましく思ってなかったことだ。「毎日来るお客さんとは、仲良くなって話をするじゃないですか。そうすると怒るんですよ。“なぁなぁになるんじゃない、お客さんはお客さんなんだよ”って事だと思うんですけどね、今になって思えば」。二代目の料理を褒めないし、うまいもまずいも言わない。そんな先代のことを、常連さんは「それが親父の愛情なんだよ。褒めたらそこで終わりだから。そんな愛情を受けているから、二代目はごまかしたものを絶対に出さない」という。
そんな二代目を支えたのが、結婚して32年になる女将だ。さっぱりとした気性で、先代に可愛がられた女将は「私はお父さんと喧嘩をした事が無いです」という。今は女将が“先代の代わり”だと笑う二代目は、二人でのれんを守り始めて、ようやく仕事が楽しいと思えるようになったという。そして最後の一品は、京都の白味噌で漬けた銀ダラの西京焼。ホクホクの身はじんわりと甘く、味噌と銀ダラの旨味が相まって、口のなかに満足感が広がっていく。店で漬けた手間ひまのかかった西京焼に、思わず「白いご飯が欲しい!」と叫ぶきたろうさん。妥協を許さない二代目の心意気がこの一皿にも宿っている。そんな二代目の夢は、修行中の息子といつか一緒に働く事だという。性格は正反対の先代と二代目だが、実は先代も息子と働ける幸せを、日々噛み締めていたに違いない。
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魚が最も美味しい厚さに切る包丁仕事も見事な鰹と真鯛。そして北海道産つぶ貝の刺身三点盛り1,200円(税別)。創業以来の味を守る煮込みは380円(税別)。
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わかめ、カニかまぼこ、きゅうり、玉ねぎを薄焼き卵で巻いた一品。食べやすく色鮮やかで、女性に人気。和風サラダ630円(税別)
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褒める事の無かった先代の無言の教え。それは“満足を良しとせず、常に妥協をするな”ということ。二代目は今もその教えを守り続けている。
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銀ダラを京都の白味噌に漬けた西京焼。味噌の味が移ったホクホクの身は、ほんのりと甘く、ご飯が欲しくなる。銀ダラ西京焼780円(税別)
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営業時間
定休日 -
東京都荒川区荒川6−5−3
03-3895-1755
16:30〜23:30
火曜
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