常磐線金町駅南口から京成線の踏み切りを渡って栄通り商店街に入り、あと一息で水戸街道というところに「もつ焼ホルモン 大渕」がある。間口も狭く、カウンターにテーブル、小上がりで二〇人も入ればいっぱいになる店だ。
「五月で創業三八年目になります。このあたりは、昔は工場がたくさんあって、夕方になるとドッと工員さんたちが来たもんです。工場は移転してしまったけど、常連さんたちは残ってくれましたね」
と細身に白髪まじりのご主人が言う。焼酎ハイボール(二八〇円)ともつ焼五本( 四〇〇円)を頼んで大竹画伯はスケッチに余念がない。
「うちは本当はもつ焼一本でやりたいんだけど、もつ焼を頼むお客が昔の半分になっちゃった」
焼き台で串を焼くふくよかなおかみさんが言う。レバ、シロ、タン、ハツ、カシラ……いい具合に焼けた串が出てきて、画伯が齧りつく。お替りした焼酎ハイボールは氷なし、エキスとレモンスライス入りで焼酎たっぷりの正統派。
「お父さんは昔、お客さんがもつ焼以外のものを頼むと、ものすごくイヤな顔をしたもんです。でも、今はそんなこと言ってられる時代じゃないから、
ガラリと変わって"いい人"になったんです。『大渕はもつだけだから』と言われるのがイヤで、いろいろ出すようにしたら手間が大変。卵とじうどん、卵とじ豆腐、焼きうどん、となるべくロスのない仕入れでできるようなメニューにしてますが」
とおかみさん。そうは言いながら、チーズと大葉を海苔で挟んだメニュー外の珍味を、「もつばかりじゃ飽きるでしょ」と出してくれる。画伯感激。タンの味噌漬け、自家製漬物も絶品。
ご主人はこの商売に入る前は食肉市場で仕事をしていた。だからもつ・ホルモンの仕入れの目は確かだ。しかも、タレにこだわる。定休日は水曜だが、月に一度は火・水と休んで、二日がかりでタレを作る。
「田舎者だからお客さんと何を話したらいいかわからない」
と言いながら、どうして、どうして、おかみさんは常連客とポンポンと悪口を言い合って楽しんでいる。
「厨房の若者はご主人とそっくりだから、あれは息子だな」とさすが画伯の目は鋭い。
「そうなんです。私たちは六五歳になったら定年で店を閉めようと思ってたんですけど、息子がやると言うし、お客もついているから続けることにしました」 とおかみさんは嬉しそうだ。
「もつは仕込みに手がかかるんですよ。煮込みは七時間煮るしね。息子が早出してやってくれるから助かります」
ご主人の目も細くなる。四時半の開店と同時に常連客たちが集まり、やがて仕事帰りのサラリーマンも入ってくる。女性二人が小上がりで焼酎ハイボールのグラスを傾ける。店はたちまち満員に。
「でも、こういう小商いの店がいかにして生き延びるか、大変ですよ。八時から来てくれるお客さんもほしいですね」
とおかみさんは厳しい経営者の顔になった。
- ※ 2007.6.7 週刊文春 掲載分
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