足立区・北千住駅前はかつて広い空き地で、常磐線の蒸気機関車用の石炭場があり、日本通運のトラック車庫にもなっていた。
「千住の永見」のご主人・永見富次さんは子供の頃、そのあたりを遊び場にしていた。酒屋から居酒屋に転業した父親を助けて、昭和三六年ごろから店の手伝いをする。

「マル通(日本通運)の人、郵便局の人、清掃局の人、みんな仕事が早く終わるから、開店前から、『おーい、まだかあ』なんてね。それ以来、三時半から開けてますよ」

と頭にねじりタオルを粋に巻いて、ご主人の江戸弁はイキがいい。酒屋時代から数えれば八〇年以上。この駅前に移ってからでも四〇年を越す。

「千代田線ができてから、北千住という町は我々にもなじみができたよね。いまや常磐線、千代田線だけでなく、半蔵門線が東武線に乗り入れたり、つくばエクスプレスも通るし巨大ステーションだね」
と大竹画伯。さっそく酎ハイ(三五〇円)を注文する。大きめのグラスに氷とレモンスライス、焼酎、炭酸にすこしエキスの色がついている。

「これは飲みやすい! もう一杯お願いします」「はい、ボール一丁!」― なるほど、ハイボールのボールね。空いたグラスはそのままテーブルに整列。

北千住駅前「千住の永見」は七福神の生みの親、すべて手作りのメニューに酎ハイがすすむ

もっと大ぶりの「ジャンボ」というグラスもある。

「この店はねえ、なんでも手作りなんですよ。朝九時から五、六人で仕込みをやるからねえ。そりゃ、大根サラダだってよそで刻んだのを持ってくるのと、朝ここで刻んだのじゃ、光り方がちがいますよ」

とおかみさん。お若い! ご主人は六九歳で年相応だが、少し年下のおかみさんは驚くほど若い。

おすすめにしたがって、千寿揚げ(特製さつま揚げ)のにんにく入り(五二〇円)。鳥軟骨のつくね焼き(四七〇円)、カレーコロッケ(四二〇円)、バクダン奴(四七〇円)……オーイ画伯、そんなに頼んで大丈夫? 

店内は広い。一二席のカウンターはほとんどが常連客。二階もあって、椅子席、小上がり、全部入ると一二〇人にもなる。

大きな神棚が飾られ、三社祭の神輿を担ぐご主人の写真がいっぱい。

「先代も信心深くてね、お祭りも大好きだった。あるときの正月に新聞のインタビューで、『千住にも七福神があるといいのにね』と言ったら、大きくとりあげてくれて、それがきっかけで『千住七福神』ができちゃった。その参拝客でだいぶん、このあたりも賑わうようになったよ」

七福神のご利益かどうか、店は大繁盛。息子さんという三代目もおり、かわいい孫に六人も恵まれた。年に二回、「永見会」というゴルフ会をやると、常連さんたちがこぞって参加する。

「ほら、魚屋とか八百屋とか、業者さんからいっぱい賞品をもらってくるから、豪華なのよ」

ご主人の顔が恵比寿様に見えてくる頃、画伯のテーブルには酎ハイのグラスがズラリと整列し、皿や串が盛り上がる。外はまだ明るい。さて、画伯、七福神めぐりでもしましょうか。

  • ※ 2008.7.24 週刊文春 掲載分
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