下町大衆酒場物語 第二十六回 魚屋よ蔵

魚屋の息子が、目利きを活かし、客に振る舞う絶品!の刺身

多くの人で賑わい、よく見るチェーン店が並ぶ中野駅北口アーケード。その一本裏が「昭和新道」だ。道幅は狭く、個人経営の店ばかり。その中に「魚屋よ蔵」はあった。ガラッと扉を開けると、正面のガラスケースに刺身や総菜が並んでいる。これを手にとってカウンターに進み、お酒を頼む。「親父が魚屋で、僕が子どもの頃、刺身をつまみに一杯飲みたい方へお酒を出していたんですよね」

その後、店主・和栗高也さんは大人になり、店を4軒も経営するやり手になった。しかし30代半ば過ぎに「人を雇わず、妻と私がお客さんと話せる範囲内で経営したい」「数字を追いかけるんじゃ、人生、面白くない」と思い、生まれ育った中野で、遠い記憶にある店を立ち飲み屋として開業したくなった。

一番のおすすめは、当然、刺身だ。まずはカンパチに目をやると、適度に脂がのり、キレのいい包丁でスパッと切っているのだろう、表面がツヤツヤだ。これを醤油にチョンとつけると、パッと花が咲くように脂が広がる。そして、おお、このコリコリ感は、まさしく新鮮な証ではないか。続けて焼酎ハイボールをグイッといくと、あまりのうまさに店主の愚直な言葉が本当だと実感する。刺身は一皿280円か380円。彼は「魚に関しては、原価なんか見てません。来てくれた人に喜んでもらう、それだけです」と言った。この浮き世離れした言葉、その通りの味がするのだ。

店を増やし、バイトを雇い、効率化するのもよい。でも一方で、目利き、思い、人情、といった、自分が持ち合わせた力を活かした店もまたいいものだ。そして、こんな店はきっと、みんなが歩く道の一本裏にあるに違いない。

あじ、かつお、カンパチの刺身のほか、愛情のこもった奥さんの手料理も大人気

「魚屋よ蔵」
野球ファンが集まる。適度に放っておいてくれるのも気持ちいい
東京都中野区中野5-48-5
非公表
17:00〜22:30
日・祝
  • ※ 2017.9.15掲載分
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