下町大衆酒場物語 第十回 正ちゃん 浅草

こってり&濃厚な煮込みと下町のにおいを、今に伝える

店先のでっかい鍋で、名物の牛すじ煮込みがクツクツと煮え、匂いが往来を行く人の鼻をくすぐる。奥で今年65歳になるマスターが食品メーカーの問い合わせの電話を一蹴していた。

「悪いけど商品化には興味ないなァ……」

創業はマスターの父の代、終戦直後のこと。マスターが父の跡を継ぎ、気さくな奥さんと店に立ってきた年月は「つぶ貝の煮込みは新しいメニューですよ。今で20年目くらいかな?」とのセリフを聞けば想像がつく。

人気メニューは煮込み料理の数々だ。牛だけでなく、手羽先、厚揚げ、しらたき、銀だら、にしんなどバリエーションに富む。毎日、午前中から仕込みを始める奥さんが「人気の理由は、時間がかかって家じゃ作りにくいからじゃない?」と言う通り、どれも一品一品、手が込んでいる。牛すじは約3時間下ゆでし、余計な脂やアクを抜く。その後、玉ねぎ、こんにゃくなどと一緒に2時間以上かけて弱火で美しい茶色の照りが出るまでコトコト煮込む。そんな牛煮込みを頬張ると、まずは、牛脂としょうゆが熱で混ざった濃厚なうま味が口いっぱいに広がる。次に肉を噛むと、まさに噛めば噛むほど、すじ肉にしみた甘辛さがジュワーッとにじみ出してくる。その余韻をキンッキンに冷えた焼酎ハイボールで流すと、痛快なまでにサッパリし、また濃厚な味の煮込みが食べたくなる下町の永久機関が完成する。

マスターが話す。

「浅草も、キレイな観光地ばかりじゃ寂しいでしょ。ボクは、下町のにおいを残したいんだよ」

彼らはこんな思いも、肉や豆腐同様、真っ茶色になるまでじっくり煮込んできたに違いない。

手前から、牛煮込み450円、昆布と一緒に煮たつぶ貝500円。風味と味が濃いめだから、キレ味爽快な焼酎ハイボールと最高に合う。人情味ある外観に惹かれて来る外国人客も多く「お忍びで来日したデヴィッド・ボウイさんもきたよ」とか

「正ちゃん」
浅草に残る人情と昔ながらの味を求めて来た、常連、若者、観光客、誰もが気さくに話す。
東京都台東区浅草2-7-13
03-3841-3673
昼過ぎ〜22:00、土日は朝9:00〜。
牛煮込みがなくなり次第終了
月火
  • ※ 2013.9.9 掲載分
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