赤羽は交通の要所だ。昭和の昔、自然と中小の工場が立ち並び、当然の帰結のように大衆酒場も軒を連ねた。中でも、遠方から人が来るほどの人気店になったのが「まるます家」。店主の娘、松島和子さんが話す。「昭和25年の開業以来、朝から営業しているんですよ。夜勤明けの工員さんに飲んでもらうためでした」
以来60年、店の歴史は、いかにお客さんを喜ばせるか、その必死さの歴史でもあった。まずコの字形のカウンターは、少ない面積でより多くのお客さんを迎えるためにできた。これが自然と他人と話が弾む形だったため、そのまま残った。景気がよくても、多店舗化の誘惑は絶った。松島さんの父・石渡勝利さんが話す。 「酒場ってのは店主の顔が見えなきゃ! バイトの子じゃ人間関係まで築けない。だからボクは近所に数軒、目が届く範囲に店を出せればいいと思ったんだ」
さらには、名物のうなぎ。機械で焼けばラクなはずだがーー。
「脂のノリが一枚一枚違う。だから全部、自分たちが手で焼くんだよ」
出てきたのは、箸でホソッと切れ、口に入れると、うなぎの脂で焦げたタレが何とも香ばしい一品。これに焼酎ハイボールを合わせれば、下町のグルメが認めた味のストーリーの完成だ。一方、鯉は「いいものを安く出すため、群馬の養殖業者と直接、取り引きしている」とか。焼酎ハイボールで、強い噛み応えがある白身をノドへ流しこむ痛快な気分がたまらないーー。
ふと見渡せば、いまや工場はあまりないのに、周囲にはわざわざ遠方から飲みに来た好事家たちが赤ら顔を並べる。要するに伝統とは、こんな風に、長く、必死で誰かを思い、生まれるものなのかもしれない。
手前のうなぎの蒲焼は大きさに応じて1300〜1800円。奥の鯉生刺は600円。ジャンボメンチカツ550円など、揚げ物も質のいいラードを使っており香ばしくて人気。店に貼り出された「酔ったお客様お断り」「お酒類1人3本まで」は泥酔やケンカを防ぐルールだそう。
- メニュー約100種。うまい料理と人情が好きな「大衆」が朝から集う赤羽の聖地。
- 東京都北区赤羽1-17-7
- 03-3901-1405
- 9:00〜21:30
- 月
- ※ 2013.8.5 掲載分
- ※ 当サイトの掲載情報は各媒体の発行時期の内容のものになります。