写真右奥の女将、佐久間愛子さんが苦笑する。
「利口なやり方じゃないよね。もう50年以上同じ商売してるのにお店は1ヵ所だけ。もっとカシコイ人がやってれば、料理を効率的に作って、お客さんにおべんちゃらも言って、店を何店舗かに増やすわよネェ」
ところが、世の中には不器用な彼女をこそ愛する客がいる。夕方5時、女将が藍色の暖簾を出すと、カウンターはすぐいっぱいに。そして常連たちは、大粒でぬめりのある国産里芋の煮込みやねっとりしたかぼちゃの煮込みなどに舌鼓を打つ。みんな、素材がいいこと、さらには女将と娘たちが毎日、丁寧に時間をかけて煮込んでいることを知っているのだ。
そんな「さくま」の名物は、60年間ダシを取り替えず、注ぎ足しながら作ってきた『牛スジ煮込み』。女将の父が始めたメニューで、現在は日本橋の名店・日山で仕入れたブランド牛のスジを使う。それを毎日4時間かけてダシで煮込んでいる。60年の歴史を持つ甘辛さを染み込ませた味が、旨くなかろうはずがない。牛の旨さは脂の味で決まるが、ほどけるスジと、ジュワッと出てくる甘い脂のハーモニーはまさに“下町の三ツ星グルメ”。このつまみに合うのはもちろん、焼酎ハイボールだ。濃厚な牛脂をみずみずしくのどへ流してくれる。
舌鼓を打っていると、女将が寂しいことを言う。
「でも私も、あと5年くらいで引退かな?」
ただし、娘が突っ込む。
「って、5年前から言ってる。結局この人、自分が店に立つのが好きなのよね」
なるほど、これでは効率化やチェーン展開ができるわけがない。でも、その不器用さこそ、彼女が愛される理由でもあるのだろう。
上/よい素材を丁寧に煮込んだ野菜の煮込みは季節によりメニューが変わる。写真はかぼちゃ(400円)。
下/牛スジ煮込み (500円)は若き日のビートたけしさんも舌鼓を打った品
- 牛スジ煮込みのほか、時価(3000円〜)で出す日本酒で香り付けした牛ロースステーキも自慢
- 東京都台東区浅草3-4-2
- 03-3876-4752
- 17:00〜21:30
- 日祝
- ※ 2013.6.10 掲載分
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