明治生まれの先代が酒屋「睦屋」の一角を利用し、立ち飲み屋を始めたのは大正時代初期。たまたまお酒が好きなロシア人の目に留まって彼らが集う場になった、という歴史も持つ。戦争のゴタゴタの後、昭和24年に「酒寮むつみ屋」誕生。2代目で現在74歳になる店主・塚田東海男さんいわく「酒寮」という聞き慣れない名前は「みんなで集ってほしい、という思いを込め、父が名付けたもの」らしい。その後、店を建て替えたとき、調理場の前にカウンターを設けた。店主は「料理しつつ、お客さんと向き合うのが愉しみなので」と顔をほころばせる。
料理はあじフライやさくらさしなど特別じゃないけれど特別おいしい≠烽フばかり。あじフライは、冷凍物を出す店も多い中、店主が三枚に下ろしたもの。さらには、さくらさし。長い付き合いの業者が、上等な馬肉を入れてくれるから、値段以上のものが出せるのだ。夕方、のれんをくぐって「ハイお疲れさまです」と置かれた「焼酎ハイボール」とともに、あじフライを頬張る。素材がいいから、ふっくらした白身の奥から旨みが出てくるだけでなく、揚げた骨までおいしい。さくらさしは適度な弾力とともにあっさりした味が広がり、噛めば噛むほど甘い脂が口いっぱいに、にじみだしてくる。この甘みを辛口の「焼酎ハイボール」で流すと、ああ、下町の名もなき呑兵衛に生まれてきてよかった! という実感がほろ酔いとともに全身を満たす。
ふと振り返れば、背後には昭和の終わりとともに他界した初代店主の白黒写真が飾ってあり、今も「さしみ三十円」といったお品書きを背に笑っている。その笑顔は、どこか、今もこの集いに加わりたいかのようだった。
さくらさし(770円)は高級な部位を選んで仕入れたもの。あじフライ(470円)は、魚河岸で仕入れているから、身の弾力が違う。いずれも新鮮で、酎ハイ(340円)とよく合う
- 19時頃になると、地下の席までいっぱいになる人気店
- 東京都台東区浅草橋1−18−6
- 03-3866-5078
- 17:00〜23:00(ラストオーダー22:30)
- 日・祝
- ※ 2014.8.18 掲載分
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